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怠惰治療
毎日にメリハリがつかない。やろうと思っていたことは先延ばしになるし、やらないと決めていたことをダラダラとやってしまう。あれもこれも、自分にはまだ時間が残されていると感じているからだ。
偉大な業績を残した人はみんな気づいている。人生は有限であると。自分の一生なんて、地球や宇宙の歴史と比べればほんのわずかでしかないことを。だからこそ、彼らは短い一生を最大限活用するために、1日1日を全力で生き、人類というちっぽけな存在を大きく前進させることができた。
死ぬ日時がわかっていれば、時間が有限であることを肌で感じ取り、充実した毎日を過ごせる。いつ死ぬかがわかっていたら、残りの人生を生きることに全力で取り組める。
僕はそう考え、死ぬ日時を決めた。
それからの人生は、やるべきことが明確になり、毎日が成功で溢れていた。会社では同期を破竹の勢いで追い抜かしてトップの成績をあげ、立ち上げた事業が今では世界的なサービスとなった。プライベートでも憧れの人と結婚でき、元気な子供を3人授かった。世界中のあらゆる文学に触れ、たくさん笑い、たくさん泣いた。
今までの怠惰さや妥協してしまう癖が嘘だったかのように消え去った。決意をした日から、僕の人生は由来のない使命感に導かれていた。
「限りある人生を最大限活用せよ」
神がそう言っている気がした。神は僕に活力と成功を与えてくれた。
決意の日から30年。ついにその時が来た。僕は今日死ななければならない。
今、全てが絶好調だ。仕事はうまくいき、友人が増え、子供は健やかに育ち、家族とはこれ以上ない日々を過ごしている。今だけを見れば、生き続ける理由しかない。
こんなに幸せなら今死ななくても良いのでは、と思うこともある。しかし僕は今日死ななければならない。僕の30年間はこの日のためにあったのだ。もし仮に「あと1日くらいは生きていていいかな」と、先延ばしの癖を蘇らせてしまったら、僕はまた怠惰な出来損ないになるだけだ。あと1日生き延びてしまうと、ここまでの30年は全て台無しになってしまう。
30年という有限の時間があったからここまで成し遂げることができた。もし30年以上生きてしまうのであれば、有限の時間を最大限活用するという、僕の一大プロジェクトは失敗に終わったこととなる。それは絶対に避けなければならない。なぜならそれは、僕の30年間、僕の人生全てを否定することになる。
僕の生殺与奪は僕が持っている。僕が神だ。「人生を最大限活用せよ」と30年間僕に言い聞かせてきたのは、神であり僕であった。
銃をこめかみに当てる。僕は泣いている。なぜ死ななくてはならないのか。死にたくない。なぜ自分の命を自分で断たなければならないのか。死にたくない。しかし死ななければならない。死ぬことで僕の人生は完成する。死ななければ僕の人生はなかったことになる。
「こんなこと、しなくてよかった」
銃弾が頭を貫通する直前、そう思った。
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