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まちをつくり、人をつくる医師。オレンジホームケアクリニック 紅谷浩之先生(前編)

連載『これからのまちづくりの話をしよう』は、下北沢から少し離れて、リ・パブリックの内田友紀さんと地域ライターの甲斐かおりさんにナビゲーターをお願いし、「社会システムDIY」をキーワードに、これからの時代に必要な個人の、組織の、まちという社会との関わり方を探っています。

今回の書き手は内田さん。「普通」に生きていくことすら難しいこの時代。当初の取材予定を変更して、オレンジホームケアクリニックの紅谷先生にお話を伺いました。


2020年の春、突然始まったCOVID-19の影響を受ける日々。誰もが複雑な状況に仕事や暮らしを適応させようと、たくさんのことを考えながら毎日の行動を決めている。感染症の問題と社会の問題が一気に混ざって、思った以上に長く会えなくなってしまった地元の家族や仲間たちの顔が、そんな日々の中でも頭をよぎる。

感染症には力を合わせて対応していきたい。だけど、このままだと感染症を恐れるあまり、大切な人たちにも会えなくなっちゃうのではないだろうか?

自分の幸せの基準をちゃんと自分で持っておかないと、様々な情報に振り回されて大事なことがこぼれ落ちてしまいそうな気がした。「肉体的な健康」に備えることだけで、果たして私たちは幸せなのか?

そんなことを考えていた時、ああ、これは「オレンジホームケアクリニック」の紅谷浩之先生がおっしゃっていたことだ、と思い至った。
彼は、医者でありながら病院を飛び出し、まちを舞台に医療を展開している人。脱医療をめざした子供たちとの健康教育にも取り組んでいる。健康や幸せに関する一般的な考え方に疑問を投げかけ、根本から転換しようと挑戦する先生の取り組みから、この時代を生きる私たちみんなの「幸せ」を改めて問い直してみたい。

健康って、幸せって、だれが決めるんだろう?

紅谷先生は、福井県福井市を拠点に、10年以上にわたって在宅医療クリニック「オレンジホームケアクリニック」を経営する医師であり経営者だ。
オレンジホームケアクリニックでは、在宅医療・訪問診療を通して常時350人ほどの患者さんを診ながら、医療的ケア児の居場所である「オレンジキッズケアラボ」を営んでいる。ほかにも2020年に入って、長野県軽井沢市で幼小中一貫教育校の風越学園と連携した在宅医療拠点『ほっちのロッヂ』を立ち上げるなど、医療・福祉関係者の常識を飛び越えたユニークなプロジェクトを次々と展開している。

冒頭でも触れたが、先生のこうした活動の根底にあるのは、健康や幸せの一般的な考え方を変えていきたいという思いだ。

昨年、福井市で開催した学びの場「XSEMI」にご出演いただいた時も、先生は会場に向かってこんな風に問いかけた。

「健康って誰が決めるんだろうね?」

「いわゆる身体的に元気なことが、幸せ・健康の定義なんだろうか?」

先生によると、

「統計上“ピンピンコロリ”で死ぬことができるのは、いまは全体の5%の人だけ。ほとんどの人は寝たきりや障害の期間があって、(とくに女性は10年ほど)誰かに介護される経験を経て死んでゆく」

のだそうだ。

「ほとんどみんな病気や寝たきりを経験する時代に、いわゆる身体的な健康だけが『幸せ・健康』の代名詞だったら、誰もがいつか不幸になるということになってしまう。そんなのっておかしくないかな?」

「病気や障害を持つこと=不幸、という考えかたを、丁寧に否定していきたい。」

そう話す紅谷先生の言葉を、会場のみなさんがハッとした表情で聞いていたのが非常に印象的だったのを覚えている。


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XSEMI/XSCHOOLの様子

紅谷先生は、そもそも医療の現場と人の「生活」が切り離されていることに違和感を感じて在宅医療を始めた。病院では人が一気に記号化されて、「〇〇号室の肺炎の患者さん」になってしまう。そうではなく、例えば「佐藤さん」の暮らし、「佐藤さん」の生きるまちを舞台に、病気とつきあおうとしている。

例えばオレンジホームケアクリニックの在宅医療のスタッフには、ミュージシャンや演劇の役者さんなど異色の経歴の方々がいて、その人たちが患者さんの自宅を訪問する。患者さんの家でいろんな話題で盛り上がる。医療に取り組みながら、そこには確かに患者さんの「生活」がある。

紅谷先生の取り組みには、健康、幸せを捉え直すヒントがいっぱいに詰まっている。ここからは紅谷先生の最近の活動についてたっぷりお話しいただいた、先生へのインタビューをもとにお届けする。

医療的ケア児がまちのルールを変えてゆく


ー 紅谷先生は、よく「医者の仕事が、まちづくりになるといい」とおっしゃられていますよね。医療の仕組みを医療界に閉じることなく、生活の場で実践されている先生らしい言葉だと思うのですが、実際にまちを舞台に医療を展開されるなかで、自ずとまちが、周囲が変わっていくシーンにしばしば遭遇されるそうですね。

紅谷先生:僕たちは在宅医療を行いながら医療的ケア児の保育園・学童のような場も運営しています。人工呼吸器をつけた医療ケアを必要とする子供たちは、病院か自宅しか居場所がないことが多いんですが、子供たちは子供らしく遊べることが大事だと思って、2012年に医療的ケア児のための保育園・学童「オレンジキッズケアラボ」をつくりました。(※キッズケアラボについては以下のnote記事とマガジンをぜひ。)


僕たちがそこで出会う医療的ケア児と呼ばれる子たちは、生まれつきの重い障害を持っていて、初めから歩けないんですね。子供だし、病気だし、医療ケアが必要だし、いわゆる超弱者です。だけどこの子たちは、どうやって人に助けてもらうといいかよく分かっている。信頼しようと思った大人に身を任せる力があるので、自分で出歩くこともどんどんできるようになる。そして彼らが地域に出て活動していると、地域のルールが変わっていくんです。

例えば、北陸新幹線の開通をきっかけに軽井沢で毎年1ヶ月間、オレンジキッズケアラボを立ち上げて福井の子たちと滞在しているのですが、福井から軽井沢の移動の過程でも、周囲の人々が戸惑いながらも受け入れ方を覚えていって、次第にそのやり方が当たり前になっていくような様を目の当たりにします。

ー 福井から軽井沢へ、彼らは自分で移動するんですか?

紅谷先生:そうなんです。親と離れて、一人で来る子もいますよ。

この1ヶ月間は、福井と軽井沢の間を「人工呼吸器をつけた子供たち」がやたらと往復することになる。そうすると面白いことに、1ヶ月の間にJRの人たちのサポートの手際が抜群によくなるんです。きっと、人工呼吸器をつけた子供たちが「軽井沢いくんだ!」って楽しそうにしていると、旅をプロデュースするプロとしての心も動かされるんだろうなと思います。僕らが先回りして「障害児が旅行するので、サポートをお願いします」などと頼んで回ったら、もしかしたら眉間にシワが寄ったような雰囲気になってしまうかもしれません。彼ら(医療的ケア児たち)の楽しそうな気持ちが周りを巻き込んで、ポジティヴな方向に変えている。そして自ら新しい居場所を作り出していくんです。
移動だけでなく、街のなかでもこれと似たような経験をたくさんする中で、僕らが分かったことをまとめて発信したりもし始めています。

子供たちが街の人を変えていってくれるので、僕らも皆さんも、例えばいつか車椅子になったり呼吸器をつけてたとしてもきっと大丈夫。彼らが「まちづくり」をしてくれるので、僕らはそれについて行けばいいんじゃないかと思います。

ー 医療者たちが真正面からルールを変えにいくんじゃなくて、子供たちの行動でいろんな人の好奇心やモチベーションが動いて、自ずと変わっていくんですね。心配して先回りしそうですが、ルールの向こうには人がいると思うと、子供たちにとって居心地がいいのはこの姿なんだと感じました。なんだか静かな革命のようです。

追加3_医療ケア児たちがディズニーランドに集合!記念の集合写真。

ほっちのロッヂで始まった、“楽しすぎる”健康診断

ー 軽井沢といえば、先生が今年立ち上げられた医療拠点「ほっちのロッヂ」でもいくつも新しい取り組みを進めていると伺いました。中でもほっちのロッヂでは“楽しすぎる健康診断”をやっているとお聞きしたのですが、“楽しすぎる健康診断”って一体どういうことですか?

紅谷先生:「ほっちのロッヂ」で担当している風越学園の内科検診ですね。一般の幼稚園や小学校の10倍の時間をかけて、しかも森のなかでやっています。風越学園は学年ごちゃ混ぜのクラス編成なのですが、健康診断も3-9歳と、10-12歳にわかれて実施しています。

3-9歳のクラスでは、まず互いの体重を計り合います。そのあと自分の体の好きなところを、医者に自慢してもらう。たとえば、「僕は鬼ごっこですごくはやく走れるから足が自慢!」とか、「大好きな工作がつくれる手がすごいでしょ」という具合に。その流れで、体のことを考えたり話したりします。聴診器も一応当てるけど、子供たちと一緒にやります。ここでは、まず自分に目を向けることを通じて、自ら健康になってゆく力を育てる、というコンセプトをもっています。

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ー この写真、健康診断の様子には見えないですね!10歳以上はどんな検診をするんですか?

紅谷先生:10-12歳は、オランダの「ポジティヴヘルス」という考え方をそのまま用います。ポジティヴヘルスはオランダの家庭医が提唱して始まった考えかたで、本人が「どうあれば、体だけでなく、心も元気でいられるか?」ということに気づき、主体的にそこに向かってゆくためのアプローチです。「完全であること」を健康とする健康基準とは違って、主観的・主体的なのが特徴です。

ポジティヴヘルスで使われるツールに、スパイダーネットという六角形の図※があって、そこに今の自分の状態を書くところから始まります。6つの指標には、体のことだけじゃなく、暮らしや友人との関係、生きがいなども登場するんですよ。

追加2_ポジティブヘルスで使われているスパイダーネット

※六角形の図は、6つの要素(身体的機能/メンタルウェルビーイング/生きがい/生活の質/社会参加/日常機能 )で患者本人と医療者が今の状態を評価し、これからの方向性を一緒に考えていくための道具として使われる。


自分の支えかたを見つける健康診断


紅谷先生:
検診のときは対面ではなく、ソファに並んで浅間山をながめながら子供たちと話します。スパイダーネットをみて、子供たちが書いた背景を聞いたり、「将来どうしたい?」みたいなことも話します。
身長体重を測って、客観的な数値を把握して終わりじゃなくって、「何が自分にとって健康なのか?」という、人それぞれの感覚を自分の言葉にする練習をするのが、「ほっちのロッヂ」での健康診断です。

それができるようになると、彼らは、将来調子が悪いときにどうしたら自分が楽になるのかがわかる。親や医者に聞かないとわからないのではなくって、自分にとって大事なものが自分で判断できる。
体調だけじゃなくて、例えば友達関係で悩んだときも、「自分を支えるための考え方や行動」に気づけるようにするのが、私たちの検診のコンセプトです。

医者が診断すると、(心臓の音や採血結果などの)客観的健康しか登場しないけれど、ポジティヴヘルスは主観的健康を大事にします。6項目の中でどれが一番大事?と子供たちに聞くと、「怪我や病気をしても、学校にコロナで来れなくなっても、友達がいれば元気が出るって気づいた。だから僕がこの中で一番大事なのは友達だな!」というようなことを本人が呟く、というような具合です。


ー 今までの健康診断と全然ちがう、自分を知る検診なんですね。自分にとって何が大事なのかって、大人になってからも気づいていない人が多いですよね。

紅谷先生:本当に多いです。「健康とは貧血がないこと、中性脂肪が低いことです」などと教えられながら育つので、だんだん「健康かどうかは人に見てもらないと分からない」という発想になるんです。

平均寿命がまだ短く、長生きするために健康診断をしていた時代は、医者・看護師・管理栄養士など専門家の言うことに耳を傾けることは理にかなっていた。でもいまは平均寿命が80歳を超えて、みんなの関心ごとは「介護を受ける体になっても、どう豊かに生きるか」ということ。さらに一律の人生モデルも崩れた時代。個別の健康・幸せを目指し、“その人らしくあるかどうか”が大事な時代には、採血でわかることと、わからないことがある。医者の常識も変えていかないといけないと思います。

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動物として生きる力が備わっている子供たち

ー 幼稚園・小学生からこの検診の取り組みを始められたのは、大人をいまから変えても遅い、子供なら間に合う、という考えがあってのことですか?

紅谷先生:それもあります。検診を始めて改めて気づいたのですが、やはり子供たちには誰に教わったわけでもなく、動物として健康になろうとする力が備わっています。
3歳以上の検診では自分の体の好きなところを自慢してもらうと言いましたが、子供たちは自分の強いところ、良いところをちゃんとわかっているんです。

子供が「今日は学校行きたくないから行かない」と言うと、大人から「不登校」と言われたり、場合によっては病名がつけられたりするかもしれない。だけど子供は実は、「今日は自分を守るために学校に行かない日だ」と、決める力を発揮しようとしているのかもしれません。こうした子供自身の判断に対して、大人たちが考える正しさを元に「子供は自分じゃわからないから大人が判断してあげなきゃ」と考えるのは、大人が作る縛りなんじゃないかと思います。

写真⑧_軽井沢子ども1

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心身の手綱の握り方を育てるような学びの現場に触れて、子供たちが実現するだろう健やかな未来がはっきり見えるようだった。同時に私たち大人は、自分の心や体のことなのに、それを扱う技を育てずにきたのだと改めて気づき、彼らのことをうらやましくも感じた。

紅谷先生へのインタビューはこの先さらに、健康と幸せ、そして医師として描く未来についてのより深い議論に続きます。

続きは、近日公開予定の後編をお楽しみに。

※小さなデザインの教室 XSCHOOLでは、今年、紅谷先生をアドバイザーに迎え、「わけるから、わからない🥺 ー医療とわたしのほぐし方ー」をテーマにプログラムを開始します。2020年12月12日まで参加者を募集しています。詳細は下記リンクよりご確認ください。
http://makef.jp/xschool-2020/

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内田友紀 さん

早稲田大学理工学部建築学科卒業後、メディア企業勤務を経て、イタリア・フェラーラ大学にてSustainable City Design修了。リ・パブリックでは、都市型の事業創造プログラムの企画運営をはじめとし、地域/企業/大学らとともにセクターを超えたイノベーションエコシステム構築に携わる。次代のデザイナーのための教室XSCHOOLプログラムディレクター。内閣府・地域活性化伝道師。グッドデザイン賞審査委員。twitterは こちら



取材・文/内田友紀 編集/散歩社

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