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6軒目:HAIGHT&ASHBURY
下北沢といえば古着の街。駅近エリアに何軒も立ち並ぶ古着屋の中で、29年も前から圧倒的な個性を発揮しているのが〈HAIGHT&ASHBURY(ヘイト&アシュバリー)〉。北口から歩いて約3分。大きな真紅のハイヒールのオブジェがあるお店、といえば「あー、あそこね」とすぐに思い至るという人も多いはず。
そのオブジェの傍らにある矢印に従って階段を登ると、お店の真ん中に鎮座するこれまた大きなキノコのモニュメント。その周りに広がるは華やかな古着の世界。メンズ、レディース、アンティークの3つのコンセプトで分けられたフロアには、洋服以外にも帽子や靴、ネクタイ、バッグにアクセサリーまでなどシーズン毎にこだわり抜いてセレクトされたアイテムが揃っており、老若男女問わず幅広いコーディネートを楽しむことができる。
そんなお店を1992年に開いたのが乾明子(Momo)さん。現在はアメリカ・ロサンゼルスに住み、バイヤーと共に全米からこだわりのアイテムを集めている彼女に、〈HAIGHT&ASHBURY〉開店までのお話や下北沢にお店を開いた理由、下北沢の街の変化などについて、オンラインで伺った。
いずれ下北沢にお店を、を実現するまで。
「オープンは1992年の9月。元々服が好きで、下北沢の街も好き。80年代から飲みに行ったり服を買うなどして下北で遊んでいましたし、3年ほどですが住んでいた時期もあります。渋谷や原宿も楽しいんだけど、今も昔もスノッブな雰囲気の街が好きではなくて、下北沢の方が“自分たちの街”という感じだったんです。それで自然と“いずれは下北沢にお店を持ちたい”という考えになっていきました」
Momoさんは〈HAIGHT&ASHBURY〉を開く前に2つお店を経営していたという。
「最初はバブル絶頂期にブームになったDCブランドの小さなお店を自由が丘で開いて、次は89年にヴィンテージデニムとアメカジの〈VACATION〉というお店を小田急線の相模大野でオープンしました。実家が江の島の方にあって、下北沢に行く途中に通る相模大野には馴染みがあったし、まだ若い私が下北沢で店を開くのは難しかったので……。そのお店は折からのアメカジブームに乗って売り上げは上々。それでお金を貯めて、92年に晴れて下北沢に〈HAIGHT&ASHBURY〉を開いたんです。
当時既に住まいはアメリカだったのですが、やはり下北沢にお店を持てたのは嬉しかった。最初から現在と同じ場所で、2階だけど広々とした空間が気に入って、頑張って保証金を支払った覚えがありますね(笑)。景気が良かったのもあるけど、それだけ夢に満ち溢れていたんだと思います。」
オープン当時の店内は〈VACATION〉の流れを継ぐ形でアメカジが中心。今とは大分雰囲気が異なっていた。
「〈HAIGHT&ASHBURY〉を開いた92年頃はまだアメカジブームが続いていたし、私自身ヴィンテージのインディゴブルーのデニムが今も昔も好きですから。当時は仕事とか関係なく週に5日はリーバイスの501を穿いていました」
オープン当時の〈HAIGHT&ASHBURY〉店内の様子
“今の気分”に合う古着を、もっと自由に選んでほしい。
「〈HAIGHT&ASHBURY〉という店名は、60年代のヒッピー文化発祥の地とされるサンフランシスコのヘイトアシュベリーストリートから名づけました。私がアメリカに渡って最初に住んだのがそこで、古着屋はじめカラフルでセンスのいいお店がたくさんある場所。アメカジやヴィンテージデニムもいいですけど、ファッションとしてはどうしても男性寄りになるので、その街の影響を受けて次第に下北沢のお店の方も50’sや60’s、70’sを中心とした、男女関係なく楽しめるものに移行していったんです。
先代の〈DEPT〉さんあたりを日本の古着屋の第一世代としたら、私はその次の世代。先人たちの影響を受けつつも、試行錯誤しながら私たちらしい提案をしていこうと考えていました」
ひと口に「古着」と言ってもその範囲は幅広く、取り入れ方は自由自在。ヴィンテージ、アンティークなアイテムを今のモードに合わせたり、思い切り50’sに寄せていったり。数多くの古着の中から「今」の気分に合う一着を選んでほしい。そんなMomoさんの思いから、今もお店のスタッフにはコミュニケーションの大切さを常に説いている。
「今の時代、安さ重視で服が選ばれることが多く、古着屋もそうした傾向があります。オンラインでの販売も盛んですし、私たちのお店でもオンラインで買われる方は多い。特にコロナ禍にある昨今はなおさらです。でも、どんな時代であっても〈HAIGHT&ASHBURY〉らしさは失いたくない。しっかりセレクトしたものを並べて、ちゃんと一人ひとりのお客さんに提案や説明をする。中にはそうした接客が苦手な方もいると思うのでそこはケースバイケースですけど、お客さんとできるだけ近い距離で接して、皆さんに満足いく形で古着を買って、幸せになってほしい。これは開店当初から変わらないスピリットですし、今後も変わることはありません」
人の温もりが感じられる、この街らしいお店として
下北沢にある古着屋だからこそ、そうした部分にはこだわりたいと言うMomoさん。今、改めて下北沢という街を俯瞰で眺めるとどんな印象を抱いているのだろうか。
「時代の流れもあるんでしょうけど、80年代、90年代にあった街の勢いはやや薄れつつあるのかな、と。よく通っていた地中海料理の〈コパンコパン〉やそこのシェフが独立して開いたイタリアンのお店など、下北沢ならではの個性的なお店がたくさんありましたが、今はチェーン店がかなり増えてしまったし……。でも〈ドラマ〉さんなど、昔から下北沢の顔的に存在していて今でも元気なお店も少なくない。あと、どんなに再開発で街が変わっても決して高層ビルが建つことはないですよね。そういう意味で街の親しみやすさみたいなものは十分残っていると思うので、〈HAIGHT&ASHBURY〉も下北沢らしいお店としてこれからも頑張ろうと思っています」
他の街がどんなに変わっても、下北沢はいつまでも人と人との温もりが感じられる街であってほしい。そう話すMomoさん。コロナ禍ではあるが、感染対策は十分にしたうえで自分だけの一着を選ぶ時間をこのお店で。〈HAIGHT&ASHBURY〉には古着選びの本当の楽しみがギュッと詰まっている。
【ヴィンテージショップ〈HAIGHT&ASHBURY〉
東京都世田谷区北沢2-37-2 2F
Tel 03-5453-4690
営業時間(当面の間)平日13:00~20:00、土日祝12:00~20:00。無休。
http://haightandashbury.com/
写真/石原敦志 取材・文/黒田創 編集/木村俊介(散歩社)