「下北沢で仕事中。」 vol.2 nicoさん
下北沢ってどんな街ですか?と尋ねられたら、あなたはなんと答えるだろう?サブカルチャーの街。若者の街。ここにしかない、小さなお店がたくさんある街。多分、聞かれた人それぞれに、いろいろな答えが出てくる。それもまた、下北沢という街の面白さの一つなのかもしれない。
そんな下北沢に今、もう一つ新しいキーワードが加わろうとしている。それが、「働く街」。そもそも下北沢は、いろいろな形の小さななりわいが営まれてきた街だ。その街にいま、ここ数年広がってきたリモートワークのオフィスワーカーや、副業、兼業など多様な働き方で働く人たちの「働く場所」が作られたり、大企業のサテライトオフィスやスペースが作られ始めたりしている。
下北沢で働く、って、一体どんな感じなんだろう。
「働く街」としての下北沢の魅力を、いままさに下北沢で働く人たちの仕事ぶりを通して、見ていこう。
今回お話を伺ったのは、インストバンド・Sawagiの元ドラマーnicoさん。
現在もミュージシャンとして活動を続けながら、下北沢で複数の居酒屋を運営するnicoさんのインタビューから、下北沢の今を覗きに行こう。
経営のことも、下北沢という街の事情も、最初は何も知らなかった
ーーまずは簡単な自己紹介をお願いします。
nico:下北沢で「まぼねん」「おむかい」「まちなか」「こうえん」という4つの居酒屋を運営している株式会社はうてんの代表を務めてますnicoです。
以前はSawagiというバンドでドラムを担当してまして、バンド活動と並行しながらお店をやり始めたんですが、2019年にバンドが解散した後も仲の良いバンドにサポートとして参加したりしつつ、最近は千原ジュニアさん達と一緒にHONEY BADGERというバンドもやっています。
ーーnicoさんが下北沢に店を構えられて何年目になりますか?
nico:「まぼねん」をオープンしたのが2017年なので、2024年の4月で7周年を迎えました。5月末には、恵比寿リキッドルームで会社設立5周年を記念したライブイベントも開催しました。
ーーそもそも、どのような経緯で下北沢に店を出そうと思ったのですか?
nico:もともと「飲食店をやろう」「下北沢で勝負しよう」と思って事業を始めたわけではなくて。言ってしまえば業種も場所もなんでも良くて、それまでずっと飲食店でアルバイトをやっていたことと、たまたま紹介された物件が飲食店の居抜きだった事が理由ですね。それが今「まぼねん」が入っているビルなんですけど、7年前の時点で「下北沢の駅前が再開発されるので、1年半後にビルを取り壊します」という話だったんです。でも、当時の僕は飲食店の経営のことも、下北沢という街の事情も本当に何も知らなかったので「1年半も店がやれるならめっちゃラッキー!」と思い、すぐに契約しました。
ーー下北沢というのは、もともと馴染みのある街だったんですか
nico:出身が関西なので、あまり馴染みがあるわけではなかったんですけど……改めて思い返してみると東京で初めてライブをやったのは下北沢でしたね。あと下北沢って歩いているとミュージシャンや役者、芸人の友達に会うことも多くて。1日歩いてりゃ平均で20人くらいの知り合いには会うような街なので、お店を始めたら「町で偶然会った友人を無理矢理にでも店に連れていけば、まぁやっていけるやん」ってことを漠然と考えていました(笑)。
今思えばまさにその予感は当たっていて、“下北沢だからうまいこといった”ってところは大きいと思いますね。さっき話したように、最初は1年半限定でのオープンみたいなところから始まって、そこで良い出会いが沢山あって……経営の事も街の事も知らなかったことが逆にプラスに働いたんだと思います。
建物は変わっても、根本は変わらない”下北沢”という街で
ーー下北沢で働き始めて、街に対するイメージに変化はありましたか?
nico:そもそも下北沢には“サブカルチャーの街”というイメージを持っていたんですけど……ここ数年ですごく発展しましたね。ずっと再開発をやっているから「昔ながらの下北沢がどんどんなくなっていくなぁ」ってことを、特に寂しいとかではなく事実として受け止めてはいますけど、根本となる部分に関しては「変わっていない」と思っていて。
例えば建物が変わったけれど、街の中にいる人は変わっていないというか。やっぱり下北沢は、昔からミュージシャンや舞台役者、や芸人さんの街という印象があって、それは今でも同じですね。
大きく変わったところと言えば、観光客と若い子が増えたってところじゃないかな。なので僕としては、ちょうどこの7年間、お店を作って長い時間を下北沢で過ごす中で“変わっていく下北沢”と“昔ながらの下北沢”を同時進行で知っていった感じがします。これからどうなっていくかはわからないけど……一つ言えるのは、個人的にはあまり老舗の名店がなくなっていってはほしくないかなぁ。
ーー2017年4月に最初のお店である「まぼねん」をオープンしたあと、同年11月には2店舗目となる姉妹店「おむかい」をオープンします。凄まじいスピード感ですね(笑)。
nico:実は、「まぼねん」を始めて3ヶ月くらいのタイミングで「2店舗目をやりませんか?」って話はいただいてて。そこでも深く考えず「やります!」って即答して「おむかい」をやり始めた感じです。なので経営については、とにかく実際にお店をやりながら経験と知識を深めていった、という感じなんですよ。
ーーnicoさんが下北沢で店を運営していく中で、変わったところと変わっていないところは?
nico:自分のことで言えば、まずお酒をたくさん飲めるようになったことかな(笑)。もともとお酒弱かったんですよ。でも毎日楽しく飲みすぎていたら、結果として強くなっていった感じです。
そこ以外で自分自身大きく変われたところが無いと思うけど……まわりの環境的なところで変わったのは、若い世代からお年寄りまで同時にコミットするようになりましたね。それまでは同世代の人と会うこと多かったけど、お店を始めてからは、年上や年下の人とも話す機会が圧倒的に増えました。
なので今となっては、いろんな人と関わっていくのが趣味になった。そういう部分は変わったかもしれないですね。
ーーそうやってnicoさんとお店が、いろんな人と出会う機会を作っている感じですよね。
nico:そうそう。おもしろそうな人同士をくっつけるのが趣味(笑)。
ーー言うなれば、出会い系マッチング酒場でもあると(笑)。
nico:言い方ひどいな(笑)。でも、本当そうかも。
そもそも僕は、料理を作る技術があるわけではないし、何ができるって言ったら、お酒をちょっと作ることができるくらい。ここまでやってこれたのは、お店に足を運んでくれるお客さんや一緒に働いてくれているスタッフなど、本当に人に恵まれてるし、その”場作り”は意識的にしてるんだと思います。というか……ほぼそれしかないですね。
うちの会社のすごいところは、飲食店なのに人材に困ったことが全くと言っていい程ないところです。アルバイトの募集も一応してはいるけど、まったく知らないところから採用したこともほとんどなくて、世の飲食店の人材不足が嘘みたいにめちゃくちゃ働きたいって言われますし、働かせてあげてくれませんか?って連絡も貰います。昨日だけで、3人も言われました(笑)。今は、お店を任せられる若いスタッフもしっかりと育ってくれましたね。
街を訪れる人、居る人のことを考え抜いた、”街に媚びた”店づくり
ーーでは、nicoさんのお店作りに共通している要素ってありますか?
nico:飲食店を始めるにあたって「どんな店を作っていこうかな?」って考えていた時、とある知り合いから「街に媚びたほうがいい」ってことを言われて。その言葉は今でも心の中に残っていますね。
具体的な話をすると、街に訪れる人のこと、居る人のことをとことん考え抜くということです。例えば、「この街にはこういう要素が足りてないよな」とか「この街に遊びにくる人はどんな人たちで、目的ってなんだろう?」「この街の人たちはどういう場所に行きたいんだろう?」ってことを全部ひっくるめて深いところまで掘り下げたうえで、お店で提供するメニューや価格帯、居心地のよさ、空気感などを作り上げていく。
なので、例えば僕が下北沢じゃなくて恵比寿にお店を出すとしたら、全然違うテイストの店にします。それは六本木にしても銀座にしても同じ。東京に住んでいる人だったら、街の名前からいろんなイメージをわかりやすく想像できるじゃないですか?そこを起点に、街に合わせた“店作り”を考えていく感じですね。
ーー先ほど「別の街で店を出すなら?」という話題も出ましたが、今のnicoさんが下北沢以外の場所を拠点に働く自分を想像できますか?
nico:できないですねぇ。あまり想像できないし、家も下北沢なんでそもそも通勤めんどくさい……下北沢以外の街で新しいコンセプトを考えて店をやるって考えは……今のところないですね。
ーー今年の3月には、下北沢に4店舗目となる会員制の居酒屋「こうえん」をオープンしました。どんなお店なんですか?
nico:もう一度、自分が店に立って楽しいと思える場所を作りたかったというのが理由のひとつですね。もともと3人で「まぼねん」を始めたんですけど、ありがたいことにどんどん会社の規模も大きくなっていき、今ではスタッフも50人くらいいて……社長としては人に任せないとお店が回らないようになってきてしまっていて。
加えて「まぼねん」が入っているビルの取り壊しも、来年の8月に正式決定したので……将来的に店の運営を引き継ぐことができる移転先を探していたんです。そんな時に、たまたまこのテナントが見つかって。そこで「何をやろうかな?」ってスタッフと話し合った時に、「僕が下北沢で出会った人たち、これから出会う人達が気軽に集まれる場所」を作ってみようかなって思ったんです。流行る・流行らないとかは関係なく、居心地が良くてカッコいい店にしたいなってところから「こうえん」というお店のコンセプトが形作られていった感じですね。
でも……オープンに至るまで本当に大変で(苦笑)。地下の店舗を手がけるのは初めてだったんですが、特に水まわりの設備を整えるのには苦労しました。オススメしません(笑)。今も頭を悩ませながら、お店を作っている最中です。
夢を持って下北沢にやってきた人たちの力に
ーーnicoさんにとって、下北沢とはどのような街ですか?
nico:ひと事で言うと“循環する活気のある街”ですね。下北沢の一番すごいところは、東京の中でもトップクラスに夢を追いかけている人が集まる街だと思うんです。ここに居れば絶対夢のある奴に出会えます。
今も昔も夢を追い求める人たちがたくさん集まってきて、そうやって夢に向かっていく人たちが放つパワーってすごく美しいと感じるんですよね。この街にいるすべての人の夢が叶うかどうかはまた全然別の話やけど、挑戦して得られるものはたくさんあると思いますし、下北にいるといろんな人に出会えるし、そんな人達と一緒にさまざまな経験を積むこともできるので、素晴らしい街だと思いますよ。
ーー今後、nicoさんが下北沢でやりたいことは?
nico:個人的には、そんなふうに夢を持って下北沢という街を訪れた人の力になりたいですね。最近、毎日のようにいろんな夢を持った人達から本当に多種多様な相談を受けるんですよ。ほぼ日課といってもいいくらい。
そういった相談に対して、自分の経験をもとにした話をすることもあれば、「成功してる人ってずっと前からこういう考え方してたよ」とか「こういう環境に身を置いてたよ」とか「そのスピード感でやってたら間に合わへんで」みたいなアドバイスをすることも増えてまして。
改めて、僕がほかの人と比べて圧倒的に違うところはなにか、と考えた時、世代や職業、国籍などを含めて、数えきれないほどたくさんの人と会って話をしてきた“経験”だと思うんです。今となっては、いろんな人と話すこと自体が今の自分の職業やと思ったりもしているので、そういった自分の経験から得た気づきなどをいろんな人に伝えてあげることくらいはできるかなと。
あ!あと……“下北沢でやりたいこと”ではないんですが、南アフリカにあるMaboneng(まぼねん)地区に「SHIMOKITAZAWA」ってお店を出してみたい(笑)。
というのも「まぼねん」って名前は、もともと南アフリカのヨハネスブルクにあるMaboneng(まぼねん)地区の名前から取ったんです。南アフリカの公用語であるソト語で「Place of light(光のあたる場所)」という意味でして。最初に話したSawagiというバンドで南アフリカ・ツアーに行った時に宿泊したのがそんな良い名前の街でした。
ある時気付いたんですが、GoogleでMabonengを検索したら南アフリカと下北沢にだけピンが立ってて、その逆バージョンでいつか日本の裏側に「SHIMOKITAZAWA」ってピンを立てれたらちょっとおもしろいかなって考えています(笑)。
nico
●にこ 下北沢で、まぼねんをはじめ飲食店4店舗を運営、アパレル事業やイベント制作も行う株式会社はうてんの代表取締役。千原ジュニアさんのバンド「HONEY BADGER」でドラムを担当、フジファブリック等のサポートドラムもつとめる。
写真/Dream Aya 取材・文/尾藤雅哉 編集/木村俊介(散歩社)
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