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大企業の社員こそ、下北沢で働くことに意味がある?コクヨが社員の新しい居場所「n.5」を作った理由。

下北沢駅西口からほど近い場所に、コクヨの社員向けサテライト型多目的スペース「n.5(エヌテンゴ)」がオープンして約1年が過ぎた。
 
同社の掲げる「Life Based Working」という働き方の指針を体現する空間として、2022年8月に設立された「n.5」だが、そもそも下北沢はビジネス街ではなく、大企業のオフィスがひしめくような場所では決してない。
 
それにも関わらず、なぜコクヨは下北沢にこのような施設を開設したのか。プロジェクトの担当者である、経営企画本部クリエイティブ室の安永哲郎さんにお話をうかがった。

働くためだけの場所ではない理由

――「n.5」はサテライト型の“オフィス”ではなく、“スペース”であると定義づけられていますね。
 
安永:それは、施設の利用目的を「働くこと」に限定していないからです。コクヨの社員のための場所であることは間違いないのですが、その使い方は個人の意志に任されています。

例えば、自分が興味のあるテーマのワークショップを主催したり、個人としてアートを制作している社員がここで展覧会をやったり、親子連れで参加できるイベントを土日に行ったり、実際にさまざまな用途で活用されています。
 
――業務に直結しない目的で利用してもいい?
 
安永:大丈夫です。「個人の自律的な活動をサポートするための場所」というコンセプトなので、ここを使って個人的に商売をするといった利用でなければ、基本的には自由です。 

――オープンから1年での利用率はどのくらいになりますか?

安永:直近の10カ月分のデータになりますが、その期間で延べ約600人が利用しています。これはコクヨ社員の約25%にあたります。

取材に訪れたこの日も、複数の方がスペースを利用

――この数字は、当初の想定を超えていますか。
 
安永:超えていると思います。「家が近いから」といういわば消極的な理由だけでなく、「下北沢にあるから」ということで、わざわざ足を運んでくれる社員も増えており、予想以上の反響がありますね。
 
――コクヨ全体のリモートワーク率は現状どのような状況なのでしょうか?
 
安永:コロナ禍も明けたことで、2023年の春頃からはだいぶ出勤する社員が増えました。ですが、リモートの日数やスタイルも社員によって違うのであくまで感覚的な数字ではありますが、今も半数以上の社員はリモートワークを活用していると思います。
 

下北沢なら“わざわざ行く意味”が見いだせる

――とはいえ、コクヨの東京本社は品川であり、下北沢と同じ沿線上というわけでも、特別な縁があったというわけでもなさそうですよね?あらためて、なぜ下北沢に「n.5」を開設されたのか、お伺いしてもよいですか?
 
安永:プロジェクトの背景から説明しますと、コロナの影響でリモートワークが増えたタイミングで、コクヨは全社的に社員の労働状況をモニタリングする取り組みを始めました。そこでリモートワークのポジティブな面とネガティブな面の両方において、いくつかわかったことがあったんです。
 
例えばポジティブな面としては、通勤時間がなくなったことで増えた可処分時間を、自分の成長のために有効に使いたいという声が多く聞かれたこと。

それに対してネガティブな面では、互いに学び合う機会が減ってしまったことで、成長している実感が得られにくくなったという声がありました。
 
こういったリサーチから、「だったら、働くためだけでなく、社員が交流できて、自己実現に向けた挑戦もできる場所を作ってはどうだろうか」というアイデアが生まれました。

安永:次の問題は、それをどこに作るかです。社員の通勤経路でいえば、やはり新宿や渋谷といった山手線のターミナル駅を利用している人が多く、真っ先に候補にもあがりました。

ただ、そういった場所では、利便性以外の積極的な理由を見出しにくかったんです。リモートでも仕事ができる時代です。だからこそ、ワクワクするような場所でなければ、わざわざ足を運びたくはならないじゃないですか。
 
そこで通勤経路だけでなく、社員の生活圏にまで範囲を広げて探してみたら、下北沢や北千住、二子玉川といった山手線の外側、周辺にあるエリアも候補に入ってきたんです。そういったいくつかのエリアで物件を調べていったときに、今の場所が見つかって。ここなら駅から近いし、天井も高く、いろんなアクティビティに活用できるというイメージが湧きました。
 
しかも、改めて言うことでもないですが、下北沢って街の個性がすごく光っていますよね。カルチャーの要素もあって、特に目的がなく歩いていても楽しい。まさに“わざわざ行く意味”が見いだせる場所です。新宿や渋谷からの交通の便も悪くない。そういったすべての要素が結びついたことで、下北沢にしよう、と決めたわけです。

ユニークな名称に込められたメッセージ

――たしかに、ターミナル駅だと社員の方々の行き帰りには便利かもしれないけれど、“わざわざ行く意味”は発信しにくいですね。
 
安永:そもそもオフィスというのは、長いこと“わざわざ行く場所”でした。ただ、それはオフィスに行かないと仕事ができなかった時代の話であって、今のように、「単に働くだけならオフィスじゃなくてもいいよね」っていう議論が出てくると、“わざわざ行きたくなる場作り“をあらためて考えなければなりません。

働くための機能を満たしてくれるだけでなく、そこに行けば面白いことが起こるような気がする場所。そういった想像力が膨らむ場作りに挑戦したかったのです。

――その意味で下北沢はちょうどよかった?
 
安永:ぴったりだったと思います。コクヨは「Life Based Working」という働き方の指針のもと、「働く」と「暮らす」がバランス良く融合した労働環境の実現を目指しています。その点、下北沢って商業と生活が混ざり合っている街じゃないですか。だから、下北沢に「n.5」を作ったことは、企業として表現したいメッセージを伝える意味でもすごく良かったと感じています。
 
――そういったメッセージは「n.5」というユニークな施設名にも込められているとか。
 
安永:WorkかLifeか、個人か会社か、そういった二元論に囚われず、自分らしい働き方を応援したいという意味で、1.5や2.5などのように、物事の「あいだ」を思い起こさせるネーミングにしました。「割り切れない」という意味で円周率などのアイデアもあったのですが、最終的にはシンプルな名前に収まりました。施設にあるグラフィックもすべて、数字やアルファベットの「あいだ」を表現したものになっています。

――空間としてのこだわりは?
 
安永:多目的スペースと謳っているように、さまざまな用途に応えられるところですね。イスや机は施設オリジナルのもので、すべてコンパクトに収納できる工夫があります。とても軽く作ってあるので重ねたり積み上げたりすることが容易ですし、奥の座敷ではちゃぶ台が床にハマるようにもなっています。

イスを敷き詰めれば30席から40席くらいのセミナーができる一方、すべて取り払ってオールフラットな空間にもできる。さまざまにカスタマイズできるようにすることで、スペースの機能を限定しないようにしました。

コーヒーマシンを入れなかった

――そこはオフィスづくりのプロでもあるコクヨの本領が発揮されていますね。少し話題を広げてお聞きしたいのですが、さまざまなワークプレイスを作ってきた立場から見て、今あるべき仕事の場作りをどのように考えていらっしゃいますか?
 
安永:こうすべき、というよりも、今は柔軟性が問われるようになっているのではないかと感じます。実はコロナ禍の以前から海外を中心に「ABW」と呼ばれる概念が普及していました。これは「Activity Based Working」の略で、目的に応じて場所や時間にとらわれず自律的に選択できる働き方を意味しています。
 
これはオフィスのロケーションに関しても言えて、僕らにとっては下北沢が合っていたけど、あらゆる業種におすすめかといえば違うでしょうし、一律に「ここに作るべき」とは言えないと思います。
 
ただ、コクヨが「Life Based Working」という指針に基づいて「n.5」を作ったという経緯を踏まえると、まずは自分たちがどうありたいかという姿を思い描いたうえで、それを体現できる場を作っていく。場作りを考えるなら、そういう流れを大切にしたほうがいいのではないかと思います。
 
――コクヨは「働く」と「暮らす」の融合を実現したいという思想があったから、こういう場所を作ったのであって、単におしゃれで便利なワークプレイスを作りたかったわけではない、ということですね。
 
安永:まさにそうです。実際、ここを作るときにも、「下北沢なんだからレコードジャケットで壁を埋め尽くそう」とか「しっかりしたコーヒーマシンを入れよう」といった意見もあったんですよ。
 
――こういうコンセプトのオフィスの定番ですが、「n.5」にはありません。
 
安永:というのも、議論する中でそれは違うような気がして。
 
――下北沢は、街に出れば、レコード屋さんもコーヒーショップもたくさんあるし。
 
安永:そうなんですよね。この施設に何もかもをそろえてしまうと、下北沢にあることの意味が薄れていってしまいます。だったら、空間はできるだけフラットにして、あとは街に出て探していけばいい。美味しいコーヒーが飲みたかったら、「どこどこのお店が美味しかったよ!」「一緒に買いに行こう」と互いに教えあえばいいじゃないかということになりました。

「なんかいいよね、この場所」を大切にする

――なるほど、街に開かれた空間であることを大切にしたわけですね。
 
安永:コロナ禍が明けたときに若手社員たちが「n.5」で懇親会を企画したのですが、それはグループに分かれて街のマップを作り、美味しいものをそれぞれ探して持ち寄るという内容でした。この企画も下北沢という街だからこそできることだし、この場所を通じて「働く」と「暮らす」がつながってきている一つの事例だと思います。
 
――では、下北沢ではなかったら、「n.5」はこういう施設にはなっていなかった?
 
安永:そう思います。ここはあくまで「n.5下北沢」であって、もし違う街にも作るとなったら、またイチからその場所らしい「n.5」を考えます。
 
――これがうまくいったから、ほかでも同じものをやろうとはならない?
 
安永:もうそういう時代ではないですね。お客様にワークプレイスを提案する際にも、そういった一律のパッケージを押し付けるようなやり方は、もはや不誠実かなと思います。

――ちなみに、「n.5」の目標はどこに置かれているのでしょう?
 
安永:事業としてのKPIでいえば、単純な稼働率だけでは見ていません。“賑わい”のような定性的な要素も重視しています。「なんかいいよね、この場所」という、数字だけでは測れないものも見ないと、無闇に人を集めるために商業的なセミナーをバンバンやろうってことになりかねない。それでは本末転倒です。

だから、事前に「何のためにやるのか」という議論を積み重ねておくことが重要なんです。それに自分が好きだと思える場所で仕事ができるのって、気持ちいいじゃないですか。
 
――ワークプレイスへの愛着が、社員の幸福度にもつながるわけですか。
 
安永:すごく重要だと思います。これも下北沢に来てみてより実感したことですね。

【n.5 下北沢】
東京都世田谷区北沢2丁目23−10 ウエストフロント 1F
※コクヨ株式会社の社員向けスペースのため、通常時はコクヨ社員以外の方のご利用はできません。

写真/石原敦志 取材・文/小山田裕哉 編集/木村俊介(散歩社)

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