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一発逆転ホームラン

   ―それは、突然の話しだった―
「皆さん、明日から夏休みですが…… 春日くんがお父様の仕事の都合で二学期からアメリカに行くことになりました。春日くん、こちらへ」
 呼ばれた春日くんがにこやかに先生の脇に立つのを啞然とした。 親友の優子が心配そうにこっちを見ている、私はと言えば小学三年の頃からの好きな人の突然の転校の話しに頭の中で半分パニックをおこしていた。
「こういう時に限って、日直当番だし」 
 ハァと言うため息と共にあっけなく終わった初恋を悲しむ余裕もなく、日誌を書いて先生に出した頃には、つい最近あけた梅雨のなごりもなく太陽がサンサンと真上から暴力的な暑さで、下駄箱の中まで照らしていた。今日何回ついたかわからないため息をつきながら、靴を脱ぎ変えていると
「よう、時間がかかったな」
 と頭上から正に今のため息の原因の声が聞こえてきた。
「えっ、春日くん⁉ なんで?」
 すると、癖なのか眼鏡を人差し指でもち上げながら
「田中が、幸子が話しあるからって言われたのだけど……」
 もう優子のお節介焼き、後で何かおごってやろう。
「ここじゃ暑いから、話しながら帰ろう」
 とスタスタと春日くんが先に歩き始めた、私はというと
「あ、ありがとう。暑かったでしょう?」
 と後ろから聞きながら、急いで追いかけた。
「暑かったけれど……で、話しって何?」
「あ、えっと……喉が乾かない?途中で伊藤商店によろうよ、私、最後だからおごっちゃう!」
「マジで!何おごってもらおうかな?」
 いたずらっぽく笑った春日くんを見て、胸が切なくなる。あぁ、やっぱり好きだなぁ。だって四年も恋していたんだよ、ちょっと涙が出そう……。 すると、いつの間にか空が暗くなってきてぽつぽつと雨が降ってきた。
「伊藤商店までもう少しだから、走ろう!」
 と春日くんがいきなり私の腕をつかむと走り始めた、私はというと突然腕をつかまれたせいで顔が熱くなって、半分パニック状態だった。

 伊藤商店についてゼイゼイと息をしていると、腕をつかんでいた春日くんがはっとしたみたいに
「ご、ごめん!痛くなかった?」
 と腕を離した。少し残念に思っていると、春日くんがギョッとした顔を赤くしながら鞄の中を乱暴に探し始めた。
 私が驚いた顔をしていると、鞄からタオルを出して
「首からかけておいた方がいいよ、その……見えているよ」
 結構雨に降られたせいで確かにブラウスから下着が透けて見えていた、私は違う意味で顔を真っ赤にしながら
「あー、ありがとう。その……おごるよ、何がいい?」
 と素早く、透けている下着を隠した。春日くんはあさってのほうを見ながら
「ラ、ラムネがいいな。走ったし喉が渇いたよね」
「うん、わかった」
 伊藤商店の中に入ると、いつものおばちゃんが
「あらあら、濡れたわねぇ。乾くまで中にいてもいいわよ」
「ありがとう、おばちゃん。でも一人じゃないから、ラムネを二本ちょうだい」
 すると、おばちゃんは後ろにいる春日くんを見てニンマリと意味深に笑うと
「あ~、春日くんと一緒だったのね。ごゆっくりどうぞ」
 と私の手にラムネを渡すと、奥に入って行ってしまった。私は後ろにいた春日くんにラムネを渡しながら
「春日くんもよく来るの?」
 と聞くと
「そうだね、結構来ていたかも。でもこれからはもう来れないなぁ」
 と言いながら、ラムネを開けた。
 いつの間にか、空はカラッと晴れてラムネからこぼれ落ちたしずくがキラキラと光って綺麗だった。一気に飲んでいる春日くんの喉仏が動いていて―やっぱり、男の人なんだなぁ― と何だか恥ずかしくなって視線をそらした。

 飲み終わって少し休もうと春日くんに言われて、頷きながら伊藤商店の軒下にあるベンチに座り、しばらく話すこともなくラムネの空き瓶をいじくっていたら
「俺がおごってもらったから、空き瓶捨ててくるよ」
 と空き瓶入れに走って行った、私はこれで最後だと思うと目の前が涙で薄く膜が張った様に見えなくなってしまった。
 帰ってきた春日くんは私を見て、小さくため息をついた。まずいと思ってタオルで目をゴシゴシこすると、
「あぁ~、こすると後に残ってしまうよ」
 と私の手を持つと
「林部、スマホを持っている?」
「持っているよ?」
「じゃぁ、出して」
 首をかしげながら春日くんにスマホを渡すと、私のスマホの画面をすいすいと触り始めた。
「春日くん?」
 すると春日くんは、スマホを触ったまま
「林部、今は海外に行っても今はメールでも電話でも繋がれる。だから、あんまり寂しくないよ。そうだろう?」
 そして、私のスマホをしっかりと持たせてくれた。
「ごめんな、勝手に俺のメールアドレスと電話番号を入れたけど、これで林部が俺に言いたい事の答えにならないかな?」

 私は言葉が出てこなくて、ひたすら首を縦に振り続けた。何故か涙は出てこなくて、春日くんを見ながら馬鹿みたいに振り続けた。
「林部、俺高校は日本の高校に行こうと思っているのだ。二年間は結構時間がたつのは早いと思うのだけど、どう思う?」
「私もそう思う……」
 私の答えを聞いた春日くんは嬉しそうに笑いながら
「ありがとう、じゃぁ俺家が近いからこれで。ラムネ、ありがとう!」
 とだけ言うと走って行ってしまった。でも、春日くんの顔が赤かったのはきっと暑いからだけじゃないよね。
 そう思うとすごく恥ずかしくなって
「うあああああぁぁぁ……」
 と変な声が出て、その場所にうずくまってしまった。

 その日の夜、優子からスマホに電話があった。
「どうだった?」と耳元でいかにもワクワクしている優子に
「そうだなぁ……、一点差で負けていたけど一発逆転ホームラン!……って感じ」
「何それ、幸子野球好きだった?」
「ううん、この間お父さんがそう言って美味しそうにビール飲んでいた」「ふ~ん、何はともあれ上手くいったなら今度何かおごってね」
 やっぱりと思いながら話し終わったスマホを大事そうにさすった。                                   



                              終わり    

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