猫の恩返し
「君は何処の子かい?」
暫く寒い日が続いていたから、今日みたいな小春日和には仕事なんてやめてビールでも飲もうかーーそう思い立って引き戸を開けると、ここいらでは見たことのない白い猫が長いふさふさした毛をなびかせて寝ていた。
俺が住んでいる家は、今時珍しい日本家屋の貸家だ。昔、大家さんが住んでいたというその家は古いがしっかりと今でも現役で使える、男やもめには十分な家だ
その中でも一番のお気に入りは縁側がついている所で、こんな物書きを職業にしている怪しい俺の所に近所の人がよく差し入れを持ってきては噂話をしていく。さっきも近所のおばさんが、自分の家で作ったという干し柿を持ってきて
「この頃、放火が相次いでいるから先生ーー近所ではこう呼ばれているーーも気を付けなね」
と眉をひそめながら話していった。
話しを元に戻すと、やっぱりこの小春日和で気持ちいいのか引き戸を開けて声を掛けてもピクリともしない。この家はよく猫が来るので、自然と猫のおやつを買ってきてある。いそいそと台所からおやつを取りに行き縁側に戻ってみると、猫がいなくなっていて代わりに金髪で色の白い男の子が立っていた。
「あれ、猫は? それに君は何処から入ってきたんだい?」
「そこの生け垣から」
男の子が指した方には確かに少し生け垣があいている、でもその代わりに綺麗な金髪に葉っぱがついていた。
「髪の毛に葉っぱがついている、こっちにおいで」
おとなしく来た男の子の髪から葉っぱを取りながら
「今度はそこにある門から入っておいで」
「遊びに来ていいの?」
「あぁ、大歓迎だ」
すると、今度は俺が持っていた猫のおやつを見て
「それちょうだい?」
「これは猫のおやつだよ」
「さっきまでいた猫ちゃんにあげたいの」
「それならどうぞ」
男の子は嬉しそうに猫のおやつを持ちながら
「おじさん、ありがとう!またね」
と門から出ていった、俺は
「おじさんか……俺はまだ二十代なんだけどなぁ」
と言いながら縁側に座ってぬるくなったビールを飲み干した。
それからというもの、本当に時々男の子が遊びにくるようになった。名前を聞くと
「ニコル」
と素っ気ない返事だったが、今迄色んな国を両親と旅をしていたらしく各国の面白い話を楽しそうにしていく。男の子が来ない日にはあの白い猫が縁側に寝ていることもあり、やもめ生活にも張りが出てきた。出版社の担当者にも
「先生、この頃楽しそうですね」
とからかわれる程になっていた。
そんなある日のこと、久しぶりに仕事がひと段落して早目に就寝した夜。何故か焦げ臭い匂いで目が覚めた。
「何だ?この匂い……」
飛び起きると周りは既に火の海になっていた、これはもう助からないなと絶望した時
「ニャーニャー」
と白い猫が飛び込んできた。
「馬鹿!戻れ!」
すると猫が何故かニコルの姿になって
「いいから、こっち!!」
と少年とは思えない力で庭に放り出された、そしてそのまま情けないことに俺は気絶してしまったーー。
気絶している間、俺は昔の夢を見ていた。そうだ、まだ小学一年生の頃友達と一緒に秘密基地を作ったっけ。そして、その秘密基地にいつも間にか小さい白い猫が住み着いて皆で猫をもじって
「ニコル」
と名前を付けて牛乳を飲ませてたなぁ、いつの間にか居なくなって必死に探したけど見つからず友達と泣いたなぁ……。 「……生、先生!!」
気がつくと俺は病院のベッドの中だった。ベッドには何故か担当者がいて
「心配しましたよ~、なかなか先生目を覚まさないから」
担当者の話によると皆が駆け付けた時には、俺は庭に倒れていたらしい。そして、火事を起こした放火魔はやっぱり近くの公園で何かの動物に全身嚙みつかれた状態で見つかったらしい。これで、噂話に出ていた放火はなくなるだろう。
火事で全部燃えたのに殆ど火傷がなかった俺は、一週間もたたないのに追い出された。そして出版社で用意されたウイークリーマンションに住んでいる。
そんな俺の目下の目標は、又日本家屋の縁側付きの一軒家を探すことだ。担当者は
「先生も頑固ですねぇ……」
と半分呆れ顔だが、これだけは譲れない。だってニコルにまだ礼を返してないからな。
終わり
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