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ブルックリン物語 #81 「ミネソタサウンドマシーンがやってきた!」(3)

会場のあったまったいい感じの空気を受けてカウントオフ。

”Mischievous Mouse"が始まった。アリとマットとのトリオの時(ブルーノート東京世界発信 2020 Autumn@Blue Note NY)よりbpmを2か3下げてみる。高速スイングよりもリラックスした雰囲気で始めた方がいい。滑り出しは慎重にスイングフィールに乗る。会場のいいノリをそのまますくい上げファーストコーラスを終えピアノソロへ。

アップライトのスタンウエイ。スティーブが「Senriのために最強の調理師を雇って完璧にしたつもりさ。好みに合っているといいのだけれど」と言ってくれた通りコンデイションが極上。古いホンキートンクな鍵盤が目の前に整然と整列し順番に声を上げる。それを慎重に聴きながら全体を触る。やんわり触れているうちに弾きすぎて凹み気味の上の方のEや鳴りの悪い低音のA♭などを発見。大切に狂わないよう注意して弾く。

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左手で半音の不協和音を響かせてテンションを作り、右手のメロディとでチャーミングなコントラストを何度かトライ。これも渋いほど鈍い反応だ。切れ込むようなソリッドなチャームにはならない。右手で高速のフレーズを小節またぎで弾くと黒鍵がいくつか緩み始めてピッチがあやふやになる。すでに色々な体の特徴を触診する赤ひげ先生の僕に、この素直な患者はなんでも包み隠さず話してくれる。

ソロは2週目へ。1-6-2-5と呼ばれるジャズの進行は全ての西洋音楽に共通して聴いてる側にホッと安心感をくれるものだ。僕が作ったオールドスクールなフォームの随所にはオーナメントのようにギミックメロディがあり、それを手でひとつずつ揺らしながら、曲全体のクリスマスツリーをゆっくり点灯させてゆく。2コーラス目の終わりまで8小節、着地点が見える。僕はアセンドフレーズ(上りのフレーズ)で一気に鍵盤の右端まで駆け上がり、その後一気にディセンドフレーズ(下りのフレーズ)で曲始まりの平地へ、パラシュートをふんわり広げて着陸に成功した。

拍手。

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ジェフがフレーズを引き継いで再び空へと舞い上がる。「うん。今度は乱飛行!」と目で僕に合図。冬の始まりの空にチョーキング(弦を引っ張って鳴らす奏法)を繰り返すジェフはグライダーの飛行士だ。一気に緊張感を弄ぶようにカオスへと突入する。会場から甘いため息が漏れる。

大きな拍手。

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ピートは長めに助走を繰り返し一気にふわっと風になった。昔語りを始める時の長老のように背中を丸めボソボソ話し始めた彼は、だんだん取り憑かれ狂気を発し始める。魔法のスティックに弾かれた地面から光が飛び散り、ツリーが天井や壁や窓にキラキラ反射し始めた。「にっ」目と目で僕とピートは笑い合い、ジェフとも上手い具合にリフをコンプ、ピートをうまくノせることに成功するとこれまた「にっ」と。そんな風に蜜蜂のように空を舞う3人が”Mischievous Mouse"を、「音の鳴る木」に成長させた。

歓声と拍手が上がる。

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