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今年の2月はいいことばかりだ。
ヒーターが壊れた。
「ね。君の部屋も止まっただろう?」
アパートの主のような隣室の会計士マーシーが僕に聞く。
「そうなんだよ。やっぱりきみんちもそうか。」
なるだけ早く地下のボイラー室の異常を直してもらおう、と交わし合い別れる。普段だと広げてソファに置いとくだけで乾くtシャツやパンツもしっとりしたままだ。
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そんな時に寝具の洗濯をした。結構な量なので乾燥機だけに負担を背負わせるのはどうかなと思い、ほぼ乾いたら乾燥機の外へ出しアイランドキッチンやソファやベンチの上にも毛布や掛布を広げて乾かす。
普段のヒーターだとあっという間にカラカラに乾くところが、ヒーターが落ちてるために半日経っても乾かない。そんな夕方、突然オイルの流れるチョロチョロと言う音がtubeから聞こえてくるや否や、部屋が温まり出した。
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ゴミを捨てに下へ降りて行くと、このアパートのメンテチームであるエリック兄弟がバズを開いて直し中だった。
「ヒーターが直ったよ。めちゃくちゃハッピーなんだけど。」
僕が声をかけると、キャプテンのエリックが、
「当然だよ、俺たちはこのアパートのメカニックなんだからさ。」
そう言ってゲンコツハグをしてきた。
「そういえば、日本に帰っている間に、Senriのベッドルームに1台、ヒーターが増えてるだろ?気持ちよく寝れてるかい?」
と覗き込むような目で言う。
「そうなんだよ。ありがとうな。もう快適で快適で。枕元と足元のヒーターが回りだすと裸で寝ても熟睡だもの。こちらもめちゃくちゃハッピーさ。」
「何の何の。俺らはメカニックだからね。なんでも直しちゃうからね。」
今度は僕からもう一回ゲンコツハグをする。兄貴分のホセもハグ。
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クローゼットの掃除をしていてアメリカに来てからのハードな大学時代に毎日履いてたズボンたちの股の部分や腰の部分が破れて、お気に入りなのにそのままにしてたものたちがいっぱい出てきた。
それをまとめて最近懇意にしてるクリーナーズに持って行って相談したら。「いいよ、やってあげるよ」と言うことだったので預けてきた。出来上がりが昨日だったので、ピックに行かなきゃと気になってたのをとってきた。
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店に入るとミシンを踏みながら音楽好きの縫い子のおじさんは老眼鏡を鼻メガネにして、じろっと僕を見て、「ふ」と笑いラジオの音量を爆音にした。
音でよく聞こえないが、大好きな曲らしく合わせて歌い、メロデイのサビあたりでこう言った。
「俺が縫ってやったズボンを取りに来た兄弟だぜ。俺のパッチワーク、最高でびっくりするぜ。」
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スペイン語はわからなくても理解できる。なぜなら歌い終えると僕に握手を求めてきたからだ。もう1人の縫い子おじさんがタコスを食べながら、
「全くおちゃらけてないで。手元の仕事に集中しなさいっちゅうの。」
そんなふうに適当に頭の中で変換してその後英語で、
「縫いもパッチもうまく出来たんだね。待てないよ、仕上がり見るのが。」
と地団駄を踏んだ。
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ヒーターの直った部屋で出来上がったズボンを並べて大きく空いてた穴の部分を探す。あれ、痕跡がない。どこにもない。当て布をどこに当てたのかもわからないくらい自然で、よおく近づいて見ると細かいステッチが縦横無尽に這っていて、そのひと針がどれだけ緻密な作業だったかを物語る。直った部分を手のひらで挟むと当て布があるのがわかって、その凸凹からほんの少し愛情込められた分が伝わってきて、ズボンの格が上がったように感じるから不思議だ。細かい縫い目の線がまるでデザインの一部のようであり世界中に大声で自慢したいほどの素敵な仕上がりになった。
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預ける時に、
「この穴は味だから手をつけない方がいいよね。」
「そうだね。」
と話して残した部分が逆に心許なく感じる。ここも全部パッチして縫い子おじさんたちに綺麗に仕上げてもらいたかったなあと後悔するくらい嬉しいプレゼント。
1本1本試着して携帯の写真に残しておく。自分用に。
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奇しくもこのバレンタインには新しくアメリカに連れてきた前の犬たちKyonとMomoのパウダーもぴの横に揃ったので、3姉妹のために赤い薔薇を3本買った。枯れるのはもう嫌なので毛糸で塗ったフェイクの花。同じ赤でもそれぞれの顔を思い浮かべてちょっとずつ表情の違いを選ぶ楽しさったらない。地下鉄ではいっぱいの風船を持った男と目が合った。
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今年の2月はいいことばかりだね。
文・写真 大江千里 (c) Senri Oe, PND Records 2025