ブルックリン物語 #29 Autumn Leaves 「枯葉」 (前編)
冬という季節の入り口が持つ一瞬の張り詰めた空気感。
マデイソン空港の出口が開くといきなり冷たい風が「おかえり!」と迫ってきた。前に訪れたのはいつだったろう? 確か冬のど真ん中だった。雪に覆われた街全体がカマクラのようでひっそりと息を潜めていた。秋から冬へと続く橋のど真ん中で一瞬吊り橋が揺れたような気がして「ただいま!」と唱えてみる。
日本から戻り、NYでぴ(ぴーす・ダックスフント♀)をピックアップし、ブルックリンの我が家で一泊したのもつかの間。慌ただしく販売用のCD、ジャケットとシャツとタイなどの衣装、下着などの着替え、ぴのご飯やおしっこシートなどをざっくり詰め込み、ミニキーボードとぴを抱え、ウーバで車を呼んで一路ラガーデイア空港へ。
アメリカはこの日、大統領選挙が終わり、ヒラリーではなかったことへの虚脱感に包まれていた。少なくとも僕の目の中に「トランプ万歳!」を唱える人などはいなかった。頭を抱えお通夜のような顔をし、誰もが無口だった。
どんより曇った空と渋滞のフリーウエイ。昨夜、ぴが滞在するヘルズキッチンのネオンにクラクラしながら「NYだなあ」なんてキョロキョロした自分が遥か遠くにいる。ぴは瞳を凝らしてキャリーバッグから僕をじっと見上げている。手元の携帯の中にあるブロック崩しアプリをやっているうちに渋滞を通り越し、空港の敷地にいた。リノベーション真っ最中のラガーデイアは迷路のようで、着いてからなかなか目的のターミナルへたどり着けない。荷物を少しでも少なくするため、本番で使う帽子は被ったまま、毛糸のニット帽は嵩張ないので荷物の中へ。
時おり、若いラテン系のドライバーがぴの「クウン」という鼻を鳴らす声に笑いながら振り返る。見られると声を止め、見られないと鼻を鳴らす。「$1000が当たりましたよ」携帯に馬鹿げたダイレクトメールが来たので、手元でデリートするけれど、今日は茶番を笑えない不安が心を支配する。過ぎてゆく空港の工事中の景色の中、ああ、今日もどうか無事にチェックインできますようにと唱える。この何があってもおかしくないアメリカで。
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