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4 More Nights! (特別寄稿)

夢のシーンは渓谷のサブステージにせり上がりながらホテルの一室へシフトします。ここはどうやら横浜のようです。なぜ横浜かというと実際に宿泊したからでしょう。コンサート前日の夜です。

「N Yでもない、ロサンジェルスでもない、ハワイへいきたい」

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コンサートの前日の夜はこうやって近辺のホテルを取り細かい自己リハを繰り広げるのです。心配性の僕は大きなセットや仕掛けが心配でいつも本番で失敗しないように細かい部分を本番と同じように歌って動いてシュミレーションするのです。何度も。

渓谷のサブステージはまさに対岸の緑の中に位置しているのでかなりひんやりしています。そんな気分を想像しまだ本ステージのダミーを僕だと思って声援を送るお客さんたちの背中に「いえ〜〜〜〜〜い!」と叫びます。サプライズ登場。「信号が変われば〜白人の波が〜」2ステップで軽やかに舞いながらにこやかに歌う僕がそこにいます。スタンドのお客さんの一人が「あれ?こっちが本物じゃないの?」と気づきます。すると連鎖反応で「あれ?」「あれ?」が広がり大きなどよめきに変わリます。みんな笑ってる。歌ってる。サプライズがいい風に広がってみんなの声が渓谷にこだまする。「ハ、ワ、イ、へ、行、き、た、うい〜〜〜〜〜〜〜!」もう思い浮かべるだけで「じゅわ〜」!ホテルの一室です。

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机にはなぜかフランス人形が置いてあります。古い黄昏れたホテルの小部屋。ブル〜ス〜。ちょっと疲れたのでリハは一旦中断。しばらくそこまでを頭で繰り返しながらルームサービスを頬張ります。ビーフシチューです。さあ、お腹がいっぱいになったら、また次のセクション行きまっせ。

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いまだに見る夢の中ではいつも「どうしてちゃんとあの時リハをやらなかったのか」とか「事情はわかるけれどなぜあれをGoにしてしまったか」とか悔やんでる自分がいるのです。準備が足りないからこんなにあっちやこっちに気を取られながらやらなきゃいけなくなる。だけれどもこれはもうGoになっちゃってるわけです。Goになって本番が始まっているのです。ならばやるしかないという半ば諦めにも似た火事場の気持ちです。

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ホテルの部屋は小さかった。シングルベッドが一つ。ちょっとカビ臭い。薄暗くて湿気がひどい。でも一人リハにはそんなの関係ないので、僕はお腹を満たした後もどんどんリハを進めます。「塩屋」「夏渡し」「gloria」。

アコーステイックコーナーのおさらいをしました。それから後半戦のレビューで言えば「中詰め」の部分をしっかり何度も繰り返します。「長距離走者の孤独」で天空を指差しながらセリで谷底まで降りた僕はその後の「YOU」用の鏡のスーツに着替えます。このスーツは誰かに手伝って着るわけには行きません。鏡は思ったよりもうんと繊細で一個一個がとんがっているので怪我しないように袖まで手伝ってもらい通すと後は自分自身じゃないとうまくフィットできないのです。すしっかりやります。マイクを口まで持ってくるのがやっとなくらい人造人間キカイダー状態。

「君を抱きしめてたい」渓谷の上部のサブステージへ再び上がるとどこからか小さく声が聞こえます。どうやら隣の部屋で同じように「君を抱きしめてたい」と歌っている節があります。ファンが何人かで泊まっていたのです。

おっと危ない。明日の曲順がバレてしまう。僕は急に小声になりながらリハを進めます。

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「おじちゃんは蔓に捕まって行けばもっと遠くの方まで行けるよ」また少年です。「え?どういうこと?」「だって上がったり下がったりだと飽きるでしょう?蔓に捕まれば一気に別の方まで行けるよ」

あ。

その手があったか。なぜ模型を囲んでリハやったときにそれに気がつかなかったか本気で僕は後悔します。マイクを後ろのポケットに入れて少年のくれたアイデアに乗っかります。蔓、蔓、蔓はどこじゃ。強度のありそうな長いやつを見つけて僕は一気に川を越えてスタンドの後ろへ乗り移ります。「君を抱きしめてたい」ええええ?千ちゃん?なぜここに?ふふふ、びっくりしたかい?これあの少年のアイデアなんだよ。サワガニ取ってた少年だよ。

場面は変わって横浜のホテルです。どうしても小声が聞こえるのでコップを壁に当てて隣の部屋の様子を伺うことにします。抜き足差し足忍び足。コップの底を壁につけ耳を当て盗聴魔千ちゃん。

「ヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソ」

確かに聞こえます。あ。相手もコップで聴いてます。そばに気配を感じます。オーマイガのコップ合戦。「あ、千ちゃんだ」声が聞こえます。絶対に千ちゃんだとバレちゃいけません。もうバレてるけど。脂汗が滲み呼吸が荒くなります。苦しい。

「おじちゃん、頑張って〜!」沢から少年が手を振っています。「いっぱいカニが取れたよ〜」それは良かった。しかし満面の笑顔の少年にコップを壁に当ててる行為がバレちゃいけないと焦る僕がいます。おじちゃん盗聴なんかしないからね〜〜〜。絶対盗聴なんかじゃないからね〜〜〜〜。違うよ〜。

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そこからはスタンドの一番後ろからまるでデイナーショーの客席練り歩き状態。「逆向きの地下鉄に〜」もう揉みくちゃです。「君が見えなくなる夜は〜」千里千里千里千里千里。スタンドの一番下まで来ました。柵を越えて「せ〜〜〜の」で分割ステージへ飛び乗ります。リフターが上がったり下がったりしながらぴょんぴょん飛び移ります。思ったより上手くいく。「遅いんだよ。もっと早く飛べよ」舞台監督の懐中電灯が光ります。「コップで盗聴してるのがばれそうになっちゃったんだよ」「もごもご言っても聞こえねえんだよ。歌え歌え歌え」「歌ってんじゃねえかよ」気がつけばそんな会話が全部お客さんにまる聞こえです。ああ、絶対に今度はマネージャーにもっと気をつけて部屋を予約してもらったほうがいい。

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気がつけば「納涼ガールズ」が本ステージに登場しました。おいおいおい、登場が早すぎるだろう。リハを十分にやらなかったから中央まで来るとそこで団子状態になってキョロキョロしてます。ああ、だから言わんこっちゃない。僕はこの後まだもう少し一人リハを部屋でやってからじゃないと君たちには付き合えないからね。

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お客さんがザワザワし始めます。月が出てきたし雨は回避できたようです。「カメラマンがステージに乗っちゃったよ。近くなったり離れたりしながら最高な写真が撮りたいんだってよ」「え?聞こえないよ」「カメラマンがよ」「え?聞こえない」「カメラマンだよ」「え?」「おじちゃ〜〜〜ん!」中央で「ガールズ」が団子です。ああ、言わんこっちゃない。古いフランス人形がこっち見てるし怖いし、コップの向こうじゃヒソヒソ「絶対、千ちゃんだよね」って言ってるし、ああ、だから予約の時にもっと慎重に部屋を取らなきゃダメなんだってばマネージャーに言わなきゃ。「おじちゃ〜〜〜〜ん!」団子状態ガールズ。「カメラマンがよ」「聞こえなーい」

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大概がこうやって混乱して寝汗びっしょりで起きるのです。夢か?カメラマンってヒロさん?ちゃんと写真は撮れたのだろうか?イヤイヤ、だから、これは夢だってばさ。ベッドのサイドに置いた水をごくりと飲みます。暗闇の中にフランス人形が?「昼間だと光っても見えねえんだよ」全てが小さなこだまになり僕は幕が引き落とされた直前のオープニングに再び戻っています。振り出しです。だから言わんこっちゃない。しっかりリハやらないとダメなんだってばさ。と心で唱えながら。

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野球場が渓谷まで突き出した割れるステージがある納涼が始まろうとしています。焦る心でいっぱいですがどこかワクワクが隠せない。やっぱり決行ですかね?「おじちゃ〜〜〜〜〜ん!頑張って」まだ夢の中?それとも?

文・写真 大江千里 ©️Senri Oe, PND Records 2021





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