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ブルックリン物語 #77_B 「顎を上げて拍手に向かって進む(後半)」

朝7時頃に目が覚めてKayと待ち合わせして朝ごはんを食べてから、部屋に戻り集中して脳内リハを行う。本番の景色が見えたらそこでやめて寝る。もしくは風呂に入る。

やりすぎない、やらなさすぎない、それが還暦過ぎのアーティストのリハーサル。「Letter to N.Y.」を家で作るときも大活躍したりんごPC(apple)とカシオのミニキーボードはそっくりそのままのセットでここでも大活躍。ホテルのデスクもちょうどいい高さだ。

翌日まで散々「本番で弾くキーボードの機種を教えてください」と尋ねたにもかかわらず舞台総合のビックさんから連絡が来ず不安だったが、無事にハンマータッチの88鍵盤のものと判明しホッとする。ペダルを持参したけれどおそらく大丈夫そうだな。

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3時半のアルさんのお迎えまでの時間は至福の時にする。静かな緊張とのりしろの時間を行ったり来たりする。若い頃は遮二無二全てを本番に向けて傾けたものだけれど今はもっといい加減だ。

「よ! 眠れたかい?」

アルさんがロビーで手を振る。助手席にはシャローンさんが「調子はどう?」と微笑んでいる。僕はすでに本番の衣装に身を包み「悪くないですよ」と乗り込む。唯一、曇り空がいかにも泣き出しそうでそれが気がかりだ。

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舞台総合のビックさんや舞台監督のジャッキーの出迎える楽屋口に到着すると風に乗って演奏の音があちこちから聞こえてくる。「弁当食べる?」「ビール飲む?」今日のライブのゴールを一緒に切るチームがいる。さりげない気遣いに心が和む。「いや、いいよ。ちょっと会場をぐるっと回ってくるね」「そうか、それがいい。楽しんで!」

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企業のサポートを得た大きさが異なる会場が次々に広がって個性豊かな面々がラップやアメリカンロックやカントリーや様々な音楽を奏でている。スティックスが行うステージのバックの景色はミシガン湖だった。ちょうど大きな船が後ろを通って圧巻だった。

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人々はノーマスクだが距離は微妙に保っているようにも見える。Kayはしっかりマスクでガードをしたままだが僕は途中から外した。会場を一巡して自分のステージ近辺に戻ってきた僕は前のバンドの演奏が始まったのでそれに耳を傾けた。

「ビール飲みますか? 取ってきてあげますよ」

Kayがそう言うので「ぜひ」と応える。カントリーとジャズを上手にミックスさせてスタンダード曲をやるそのバンド(Harmonious Wail )の演奏は、各会場で盛り上がる音にかき消されPAでいくら拡張していても音が聞こえづらい。ジャズメインのこのステージはフェスタじゃ圧倒的に不利な状況だ。

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「どう言えばいいのかしら? 隣のステージのラッパーさん、ありがとう。とでも言えばいいのかしらね」

ボーカルの女性はそう言って小首を傾げる。客も苦笑い。カウントが始まって次の曲になっても圧倒的なボリュームのロックやラップに消されて音が聴こえない。これは一大事だ。僕は彼らの曲が終わる度に拍手をして盛り上げる。

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