ブルックリン物語 #06 ねえおじ様 "Daddy"
ぴは僕のことをじっと見つめているときがある。
僕が床でストレッチをしていたり、テーブルの前に座り朝ごはんの味噌汁をすすっていたり、それはトイレの便座に座っているときもである。
気配もなくさっと現れて「巨人の星」の明子姉さんのようにじっと心配そうに見つめるのである。おそらく、
「ねえ、ダディ。大丈夫?」
と言いたいのだろう。
相当ストレスを抱えていると、自分でも気がつかないうちに、大声でFワードを叫んでいたりすることがある。その自分の声の大きさに驚くほど興奮している。ぴは体もミニチュアダックスで小さいし、ダディのストレスは相当伝染するのだと思う。
大丈夫なのかな?
ただただ不安と心配で見守るしか、彼女には術がないのだろう。しかしそのある距離を保ってじっと見つめる姿は、なによりもダディの高ぶった気持ちを落ち着かせ、冷静にさせるには十分な力を持っている。
ダディは外では「パパ」もしくは「ボス」と呼ばれている。それがこのブルックリンの僕が住むエリアでは常套句となっている。デリに入ると、
「ハイ、ボス。元気かい?」
買い物をした後は、
「ありがとう、パパ! 良い日を」
ヒゲの初老の男は、あるときは30代にも見えることはあるらしいのだが、ここいらの人たちはもうその年齢では「ボス」や「パパ」なのである。
この辺りはコロンビア、プエルトリコ、メキシコ、中国、そしてヒーグルというユダヤの人たちのコミュニテイが入り組んで、幾つもの人種の川が一つになるチグリスユーフラテス川的エリアである。
一番よく聞く言語はスペイン語だったりする。中国人も英語よりスペイン語が得意な人の方が多かったりする。
ヒーグルの人たちは10代半ばで結婚する人も多く、もう二十歳を超えれば「パパ」である。おそらくアフロアメリカンとヒスパニックが混ざった「パパ」や「ママ」もいっぱいいる。僕からすると孫のようなというと大袈裟だろうか、そんな若い子達が乳母車に子供を乗せて街を闊歩している。
信号も守らない人はマンハッタンよりも多い。というか車が人をひきそうになる率もマンハッタンより遥かに高い。信号が青になって渡り始めると、「どいたどいた」と猛スピードで歩行を遮って行く車が当り前だったり。
そういうときのダディは、ゆっくり顔を上げて突っ込んでくる車を見据え、両手広げる。
「だめだよ。パパが渡ってるんだからね。待ちなさい」
大概これで車は停車する。喧嘩にもならない。言わなければそのまま突っ込んでくるだけのことなのだ。
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