プチminutes 「カナダからの煙」
友人がラインで書いた。
それ「カナダからの手紙」だろ、突っ込んだ。
カナダの山火事がひどくてN Yは錆色のスモッグに覆われた。チャイナタウンで鍼治療を終えた僕は焦げ臭く視界がいつもと違う外の景色に愕然とした。
「花粉症がひどいから窓閉めるね」
さっき治療前ドクターヤンはそう言った。すっかり指が楽になった僕は外へ飛び出るととっぽくマスクを外しいつものベトナム料理へ向かう。お腹がいっぱいになり再び外へ出るとそこはもはやさっきの景色ではなかった。
「心臓病を引き起こすらしいですよ。絶対にぴを外へ連れ出さないようにしてください」
Kayからメッセンジャー。空もビルも錆色の靄の中。家へ帰る道すがらジャケットやマスクで顔を覆う人を多く見た。
夜。どうしてもクッキーが欲しくて近所の買い出しに行く時、どこかで見た景色だと思って思い出す。ロンドンで「Senri Happy」のレコーデイングの時歩いたハイドパークだ。霧深い信号の灯りが点滅してどこか幻想的。
思えばおかしな日だった。朝、奇声を聞き外を見ると女性がパンツを膝まで下ろし車のミラーにスリスリしてた。鍼に行く途中の駅で別の女性がパンツを下ろし用を足した。
チャイナタウンで足が倍ほど腫れ上がったホームレスの男が咳を吐きかけた。
キャナルストリートの駅のドアを開けっぱで手で抑え、
「みんな3ドル払い必要なんかないぜ。俺に小銭くれたら自由に乗り放題さ」
ジャラジャラ紙コップの小銭を鳴らす。どんどんカートを引き摺り男にコインなど渡さず無賃乗車する人たち。
バクスター街の大陪審院前では救急車が爆音で道を封鎖。いつもの胡弓を弾くおやじの音もベトナム料理やのおじさんの声も耳に残っているのに、
全ては、錆色の靄にスッポリ包まれた。
これだけ現実味もなく霧に包まれると何もやる気がなくなる。ピアノ弾いて晩飯作って、ぴと戯れるとあとはもう寝るだけだ。
乾燥機と冷凍庫の氷のできる音がする。
文・写真 大江千里 (C)Senri Oe, PND Records 2023
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