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Life Is Beautiful物語 #6 「顔から出る声」
早く発売日が来ないかなとワクワクしてたら気がつくともうCDが発売されています。僕のような熟成世代になるとどんどん楽しみにしてたものから取り残される。ノロノロしてると置いてきぼり。うかうかしてられないぞ。
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というわけで歌どりはRyokoさんお得意のソプラノではないおでこあたりから出る声を録音するため最初苦戦でした。何度も響かせる場所を確認してレッスンを合間に受けて一日撮影を挟んで気分転換してある朝、
「ねえ、一回全部忘れて自由に歌ってもいいかしら?」
とRyokoさんがおっしゃったので
「ええ、やってみましょう。」
その日をしっかり覚えてる。いきなり顔の真ん中、おでこの真ん中あたりから声が小さく響き出したのです。横でJunkoさんの表情が変わりエンジニアのノーランが「Wow!」と叫び僕はすぐに歌い終わったRyokoさんにTalk Backで
「もう一回歌いますか? それともこちらで聴かれますか?」
と尋ねました。
「聴く聴く。」
3人で聴いたその声は見事におでこから曲線を描き柔らかく響き出てその場にふわっと漂流しました。胸やお腹から出る声と頭のてっぺんから出る声がうまく混じって滑らかで優しい穏やかさがありました。
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「このまま、歌えますか?1日目にやった曲の別バージョンとか?」
「うん。やるやる。」
こうして、劇的なおでこからの声の放水に成功して、この日3曲。次の日に3曲。最終日に足りない部分を。で、結局、全部録音できちゃいました。
コンソールルームでこれら素材をあれこれいじってる最中、ふと見るとRyokoさんが打ち合わせしつつほっとしたのかうとうと眠ってます。いつの間にかこういう表情も写真を撮影できる仲になったみたいな気がしてパシャっと1枚。
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日本から持ってきてくださったおかきや宿泊先で手に入れたお菓子類を並べて小腹がすくとつまみながら。そういうのに飢えてるJunkoさんと僕は喜びの声をあげます。ノーランも「うまいうまい」つまんで。
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「ね、Junko さん、あたしとお揃いのインナーのシャツ、まだ全然着てないの持ってきたの。着る?」
「えええ、嘘でしょう? 喜んで着させていただきます。嬉しい。」
気がつくと翌日コンソールルームの卓の前で姉妹のようにオソロのシャツで並ぶ笑顔の2人がいました。
全部声を録音し終わるとJunko さんはお子さんに晩御飯作らないといけないのでRyokoさんに別れを告げスタジオを後にします。残ったRyokoチームと僕は同じウーバーに乗り、静かな車内で「ああ、ほんとに終わった。なんかやり残してることないかな。」と考えます。横でRyokoさん、ブルックリンの景色をじっと見つめていました。何を思っていらしたのかな?
滞在の最後の日、みなさんで自由にゆっくりされたいかなと思い、「必要な時はいつでもお声がけください」とだけメッセージして家でパンツ一丁で油断していたら「ピンポーン」我が家のドアベルが鳴りました。気がつくとスクリーンにパンチョさんのニコニコ顔が。えええええ? 来ちゃったの?
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「何度かラインしたのよ。でも行っちゃった方が早いねって来ちゃった。大丈夫だった?」
「いえいえ、全然大丈夫ですよ。」(全然大丈夫じゃない。笑。)
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僕は笑いながらさっきパンツ一丁だったことは言わずにリアシートを乗り込みました。左からミゲルさん、Ryokoさん,そしてパンツの上にきちんとズボンをはいた僕。マンハッタンが見える橋を渡る時、ほっこりして、いろんなことに感謝の気持ちでいっぱいになりました。頭はこの先の作業のことがありますけど、今日1日は4人でひととき分かち合いたい、心からそう思いました。
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最後の夜はRyoko さんが最初の留学の回で宿泊したパークアベニューのホテルの近所に見つけたイスラエル料理にしました。
「本当に美味しいのよ。Senriさんを連れてきてあげたいってずっとずっと思ってたの。」
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心の底からほっとしながら僕はテーブルにあった紙ナプキンにRyokoさんを描きました。ペンで一筆書きで。よくこうして食べに行く時に僕がこれをやると喜ばれることがあるので記念にと思い。感謝と同志愛と喜びと達成感で。
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いっぱいの不安と葛藤があっただろうと思います。僕が初めてジャズ大学に入った時も迷って一人ぼっちでした。だからこそこんなにジャズ愛に満ちたRyokoさんがひとりじゃなくて包まれて作品を作っていただきたかったんです。それができたかどうかはわかりませんが、少なくとも音は録音できました。これを明日からJunkoさん、ノーランと一緒にAaronのミックスダウンまでにまとめます。よし!僕は心で次のレベルへ向けてすでに走り始めます。
文・写真 大江千里 (c) Senri Oe, PND Records 2024