ブルックリン物語 #64 VIRGO
ジャズサキソフォンプレイヤー、ウエインショーターと僕は同じ乙女座だ。
彼が1933年8月25日、僕が1960年9月6日。限りなく誕生日が近いことから勝手に親密感を覚え、夏の終わりの頃に彼の「VIRGO」という曲を聴くのが大好きだ。
VIRGO=乙女座。
知性的で几帳面で何をやらせても手際よくこなすため、頼りにされることも多い。ただ、細かいことにはよく気がつくのだが、大局を見通すことは得意ではない。流行のものをさりげなく取り入れるのが上手。
「VIRGO」は『Night Dreamer』という名作アルバムに入っていて、アルバムの中では比較的おとなしめな曲だ。参加メンバーのベースにニュースクール大学の先生のレジウォークマンがいて控えめながら美しい音色と上品な佇まいの演奏をしている。凪のようなステイコードのフォーマットは「日本建築の畳の間」のようでもある。縦横の直線世界。前の時代のビバップのコロコロ変わる曲線コードチェンジとは完璧に袂を分かつ類のものだ。
畳には床の間があり雪見障子も襖も全てが直線であり机の上にただ一つ花瓶が置いてある。これだけが丸い曲線のカーブを持つ。その芸術的で静かな佇まいの花瓶に様々な色や枝ぶりの花が活けられる。床の間の壁にかかった書には「無」という文字。まるで「禅」の寂滅した世界観。
ウエインのこの頃の曲たちはこの畳の縦と横の枠組みのクールな世界に静かに吹き起こる風だ。不立文字(ふりゅうもんじ)の如く、このアルバムの曲は譜面上の表記・言葉である音符やコードに真実の意味がないものが多い。「記された音楽らしきもの」は演奏する人によりいかようにも変わってしまうという意味での「言語」であり、それは抽象的で、演奏者によって「具体性」を帯びるものだ。
縦と横に区切られたマンハッタンをトミジャズからセカンドアベニューを南に下りながらほんの少し東へ。イーストリバーに近い辺りに来ると、「VIRGO」が始まる。曲のオリジネーター、ウエインショーターは吹き込む風に時折顔を向けてその行為を楽しんでいるように見えた。
ウッドベースのレジウオークマンとドラムのエルビンジョーンズのリズム隊を中心に衛星にように他の楽器の音が入って来てはやがて消えてゆく。この「回る宇宙」の神様がレジとエルビンなのだ。喜びを称えた顔で音の海で瞑想するウエインを横目に、レジとエルビンはどんどん演奏者に具体性を持たせるべく風を起こす。ウエインショーターのこのアルバムのバンドメンバーの特徴は「我が我が」と前に出る演奏者がいないと言う点だ。過度な自己主張をするよりも流れる音楽を前へ前へ誘うだけに充分すぎるカリスマ性を持つミュージシャン達。
学校時代、毎学期新しいアンサンブルを組んだクラスの面々を、サックスのジェーン先生とともに巡回して励ますレジ。みんなジャズのレジェンドのレジにどんな言葉をかけてもらえるかドキドキしながら教室で待つ。レジは全ての生徒に言葉をくれた。誰もが特別で長いコメントを求めていたのだけれど、レジは一人一人の目を見つめ、
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