セトリ通信 未来のコンサートへ
熊本、博多、広島とコンサート行ったけれど、この後の仙台から東京までの5箇所のコンサートが本当にやれる状況なのか、気持ちは盛り上がっててやる気は満々なのだけれど今一度冷静になり話し合おう。
SONYのにいなにこの話を持ちかけると、SONY内で小一時間でまとめてくれて電話がきた。
「今スタッフと共有して話し合ったところ、やはりこのままコンサート継続は難しいのではという判断なのですが、Senriさんはそれで良いですか?」
「うん。整体の予約も明日と東京の千秋楽の日の午後に入れて万全の態勢で準備をしていたけれど、感染の危険が高まっている以上継続はできないもの」
「それではすぐに発表に向けて文言を練ります」「うん、よろしく」
最初、次の仙台だけでもお客さんには「払い戻しができる」選択肢をお知らせして敢えて「開催」しようかというアイデアがあったがやめた。僕のお客さんは払い戻しはしないでどんなことがあってもその場に足を運んでくださる人たちだ。危険な状況にみんなを集めることはできない。
「悔しいけれど中止だ。さあ、気持ちを切り替えよう」
自分で声に出してそう言った後、すぐアメリカに電話して3月7日に戻る予定だった飛行機を翌日(2月27日)に変更する手続きに入る。
Senri Oe "Hmmm" Japan Tour の仙台、静岡(ソロピアノコンサート)、名古屋、大阪、東京(トリオコンサート)の中止の発表が夜の7時に行われた。その数時間後にSONYの開催するその他のアーティストの人たちの一切のコンサートの中止も発表された。
ホテルでベッドに腰掛けて外を見ると、東京は変わらず元気に見えた。LAの空港でぴちゃんと今生の別れをして単身日本へ戻り、予想をはるかに超える拍手に励まされ続けた3日間。トリオのメンバーが揃う東名阪まで走り続ける線路がやっと見えてきたところだったのに。
アメリカのマネージャーから電話で奇跡的にHND-LAXの航空チケットがそのまま前倒しに取れたという報告が来る。LAX-JFKを今急いで交渉中だという。明日のこの時間にはもう飛行機に乗っているなんて手品を見ているようで実感が全く湧かないが、何もしないでぼーっとショックを受けているのも無駄なので、前から壊れてた携帯のケースの新しいのを探しにビッグカメラへ重い腰をあげる。
適当にケースを見つけ、近くにあったおむすび専門店で1個梅塩結びとミニ唐揚げとひじきを買ってホテルへ戻る。賑わう街も人も何も変わらないのが不思議だった。僕だけが明日のこの時間にはもうここにはいない。
「非常に残念ですけれどリベンジを目指してやりましょう。日本へ必ずまた近いうちに帰ってきてください」
にいなと宣伝の I 氏に見送られ羽田の検査場へ消える直前、僕たちはついうっかり握手をした。あれほどこのツアー中ゲストともスタッフともファンとも敢えて握手をせずに、このコンサートが無事に続くようその気持ちを胸に温め続けてきた僕らなのに、一気に思いは決壊した。
まず I 氏が僕にスッと手を差し出した。それを拒否する理由がない。手に手を重ね合わせ微かにぎゅっと握手したら、少し強くぎゅっと力が戻ってくる。にいなとは静かなハグをぽんぽん。じゃあ!
にいなとI 氏に見送られながら僕は空港の内部に入って行った。
NYに戻ってしばらくして、日本から戻った人は14日間自宅で自主的に隔離するようにとの警告が出たので、家にいることにする。すでに数回外へご飯を食べに行っていたがそれはしょうがない。鍋を中心に体を温める食事を心がけて風呂に入り先々の仕事のことを考えたり、溜まってる原稿を書いて有意義に過ごすことを心掛ける。まだピアノに触れる元気はないがビデオ編集をしながらそれに音楽をつけたりして触ってみる。淡々と過ぎてゆく毎日の暮らしに何も変わったことは起こらない。
今頃、本当ならば静岡にいる頃だなとか、今夜は名古屋で盛り上がっているなとか、ついつい「たられば」を考えてしまう、そんな僕のセンチメントを捻り潰すかのように時差ボケだけが日が経つにつれどんどんきつくなり、朝昼晩の区別がつかなくなり眠りが浅く短く食欲が湧かなくなる。
帰りを待っていたぴは尻尾がちぎれるほど歓迎して僕を迎え入れてくれた。LAX空港では僕が去るのを苦虫を噛みしめるような目で見つめていたので、思いのほか僕が早く帰ってきたことを素直に受け入れ、心から喜んでいる様子だった。
1月にトリオのリハをやった。これはすごいものになるぞと手応えを感じ嬉しくなり3人とも心から"Hmmm" ツアーを楽しみにしていた。リハが終わったマンハッタンのリハスタの前でしばし別れづらくなんどもハグし、そして大きくそれぞれが人混みで振り返りながら手を振った。「日本で会おう!」「最高のツアーにしようぜ!」あの日それぞれが 胸をときめかせたざわめく人混みの熱気は一体どこへ消えていったのか。
「Senri の決断を尊重するよ。非常に残念だ。残念としか言いようがない。悔しいよ。ああ、でも、尊重する」そうRoss Pederson (drums)は納得してくれ、Matt Clohesy (bass)は「Senriの心の方は大丈夫なのかな」とそんなことまで心配までしてくれる。
ポカッと空いてしまった時間の空虚を横目に、僕はただただ時差との戦いに明け暮れる。きっとまた。このトリオのなし得たかもしれない可能性は続く。
あの日行われるはずだったセトリは今も手元にある。将来このトリオでまたやるときが来たらこの内容通りに演奏してみよう。それがいい。
そうこうしているうちに14日間の自己観察隔離期間が終わった。しかしアメリカの状況がひどくなり感染者が増えて非常事態宣言が出た。今や逆にアメリカ人を受け入れない国が出てくる勢いだ。パンデミック宣言が出た。
Trader Joe などの棚から軒並み商品が消えたと大騒ぎしているのはごく一部の人たちで、僕が住むブルックリンのエリアでは普段通りに人々は踊って歌ってハグをして、相変わらずの嬌声をあげて笑ってのんびりしている。もちろんマスクなど中国人以外誰もしていない。(加筆:この原稿を書いてから数日経ったが若干マスクや手袋をする人が増えた。でも依然として品不足で購入は難しい状況。何よりもアメリカではマスクをしている=感染者という見られ方なのでトラブルを誘発するのが怖い。)
テレビではドイツの首相が7割の国民が感染するかもしれませんと話し、アメリカの専門家が同じようなことを言うと政治家が「オーマイゴッド!」と素で驚いていた。僕は日本でいただいたマスクが4つほどあったのでそれを大事に家の中だけで装着する。ユーカリのエッセンシャルオイルを2滴ほど中のガーゼに浸すと胸の中がスッとクリーンになった気分になり爽快だ。
そんな折、前からアポイントメントを取ってあったTax Return (日本で言う確定申告)の打ち合わせのために会計士事務所へ行く日になった。大丈夫かな。でも地下鉄は今まで見たこともないくらいに座席もドアもピカピカだった。人もまばらで1車両に5、6人くらいが離れて乗っているだけだ。マンハッタンの駅から表に出るとやはり人気は少ない。
会計事務所のアシスタントの方は気を利かしてくださって、
「こうなったら朝から白ワインを開けますか? シャルドネでいいですよね? Senriって白は飲めるクチなのかな? じゃあドボドボついじゃいますね」
「みんなの健康と安全と未来に乾杯〜!」
事務所でほろ酔いになりながら2019年度の Senri Oe個人とPND RECORDS の法人との売り上げ報告と納める税金のレクチャーなどを受ける。
「ASCAP(American Society of Composers, Authors and Publishers)から入る印税が2年ほど前とは比べ物にならないくらい増えてますね。黒ですよ。黒字。だから税金はしっかり払ってもらいますよ(笑)」
燦々と太陽光が差し、まるで外は春のような日だったのでしばらく歩くことにする。人もまばらなので胸を開き深呼吸しながら。アーティストのアトリエやブテイックなども多いSOHO地区へ。観光の人たちがスーツケースを転がしながらどうしたらいいか途方に暮れていた。1時間ほど歩くと微妙な街の変化に気がつく。NYは1ブロックごとで街の雰囲気が全く違う。ローアーマンハッタンのアイリッシュバーは閑散として緑色の飾り付けがどこか白々しい。もうすぐセントパトリックデイなのに。どこも閉まりゆく気配。
リンカーンセンターやオペラ、ブロードウェイのショーなどの中止が相次ぎ、街はこれからどんどんシーンとなるだろう。世界中がこうなのだ。それでも今日の日差しは春のように気持ちいい。
命を安全に。そのためには今は世界が痛み分けをするしかない。そのうち必ず楽しいエンタやスポーツは蘇るはずだ。それまでは頭を使って新たなInnovationを考えるチャンスをもらったと思っていろいろ試してみよう。今までだって全てがゼロになったその時から、一段一段階段を上がるようにまた始めてここまできたんじゃないか。そう考えるとまた何かが始まる予感がしてワクワクしてくる。
今はタイタニック号は沈没する間際。乗船してる人たちを救わなければいけない。この非常時にShall we dance? を踊る人はいないだろう。卒業証書を渡してる場合でもないだろう。でも必ず命が助かってサバイブできた暁にはまた楽しい潤いのエンタが待っている。卒業式がなかったなんて、もしや逆にかけがえない[心の盾]になるかもしれない。与えられるものを待つのではなく革新的な生き方を選んで試してみる。幾つからでもそれはできるのだ。
人は想像力を持った生き物である。そしてその想像力はちょっとやそっとのことでへこたれたりしぼんだりはしない。一瞬ひしゃげたように見えても必ず復活できる力を持つ。
自分以外の誰かを思い、気に掛ける優しさを持ち合わせよう。人を攻めたりせず辛抱強くユーモアを持って努力を重ねよう。
未来へ向かってセトリ通信は続く。
*この記事はもともと" Hmmm Japan Tour " の電子パンフ「Senri Jazz Times 2」用に執筆されたものです。途中で頓挫したツアーの「その先へ」心を繋げるために一人でも多くの音楽ラバーの皆さんに伝わればいいなと公開します。
*この後すぐレストラン、バーなどが営業停止になりました。学生には寮の前で食事が配られたりしています。僕も必要がない限り家にいる生活です。
もう一度「未来のセトリ」
1 ReVision
https://www.youtube.com/watch?v=z-TGZFSsiMw
2 Never see you again (格好悪いふられ方)
3 The Look
4 Garden Christmas
5 Bikini
6 Akiuta (秋唄)
7 Boys & Girls
8 The Very Secret Spring
9 Indoor Voices
10 Tommy who knew too much
https://www.youtube.com/watch?v=UGtvNTL56FE&t=4s
11 Poignant Kisses
12 The adventure of Uncle Senri
13 YOU
14 Orange Desert
15 Mischievous Mouse
16 Wallabee Shoes (ワラビーぬぎすてて)
17 Arigato
https://www.youtube.com/watch?v=aJrPWWhTLfI
読んで共有してくれてありがとう。
文・写真 : 大江千里 (C)Senri Oe, PND Records 2020
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