ブルーバードカップとブルーマーダー
ブルーバードカップは8枠9番からワイドと三連複が何とか。
雀の涙ほどの浮きでした(三連単はハズレ)。
未勝利馬の同枠と2戦2勝馬のワンツー。
で、3着がG1出走馬なので、まあまあ(着順は特定できず)。
1人気歩かないかなと色気を出してみたんですが。
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レースが終わり、何気にYouTubeを見てみると、好きなアーティストである
John Sykesのサムネが目に止まり、驚きが....…
亡くなられたんですね。
自分がジョンサイクスを目的に聞くようになったのは
プリティメイズのplease don’t leave me(サイクスのカバー)が
キッカケで、そこからブルーマーダー(サイクスが率いるグループ)の
セカンドアルバム(nothin’but trouble )を入手。
ハマりました。
タイガースオブパンタンでデビューし、シンリジィを歴て(前述のplease ~も)
ホワイトスネイクへ。slide it in のusヴァージョン、そしてあのサーペンスアルバスに参加。
その後すぐに(アルバム発売前?)に脱退し、ブルーマーダーを結成。
彼が使用している黒のギブソンレスポールは「ブラックビューティー」
と呼ばれ、また彼自身も「貴公子」と呼ばれ、レスポールを抱えステージに
立つ姿はしびれるカッコ良さでした。
ブルーマーダーのアルバムは名曲揃いで、セカンドはスピードチューンの①、哀愁のバラード④、大作バラードの⑩、遡ってファーストの①(ブリティッシュハード)、こちらも哀愁(と言うより大泣き)の⑥など、相当に聴き込んでます。
そのあとのソロのラブソングのアルバムやSykes 名義のアルバムも持ってます。
ギタリストとしての彼もすごいのですが(うねるヴィブラート)、自分は曲とその「声」が特に好きでしたね。
ここ数年は活動を聞くこともなかったのですが、死因は癌とのことで、大変残念です。
で、その情報を検索していたら、彼がホワイトスネイク時代に来日していたとの記事が。スーパーロック84(いわゆるフェス?)に参加と。
「え、俺、観に行ってるじゃん」
そう、若かりし自分は名古屋球場で見てました。
マイケルシェンカー、スコーピオンズ、ボンジョビなどが参加したライブのトリをつとめてました。デビカバとコージーパウエルはよく覚えているのですが、当時はギタリストにあまり興味なかった(若造)ようです。
昨日は、彼の曲を聴きながら、喪に服していたんですが、今日も聴きながら眠りにつこうと思います。
【Please don’t leave me 】
R.I.P