[ファミレスの元祖]すかいらーくの歴史
今回は、日本のファミレス文化を創った企業と言われる、ガストやバーミヤンの経営で有名な会社 すかいらーくの歴史を解説します。
1962年4月、初代社長 横川竟(よこかわ きわむ)さんが、すかいらーくの前身、ことぶき食品有限会社を設立しました。
ことぶき食品とは、玉子や納豆、かまぼこなど 食料品を売る会社でした。中国・満州で農業を行うために日本政府から動員された開拓団のリーダーであった父が、息子の四兄弟が幼いときに病死してしまったので、貧しい生活を強いられた横川四兄弟の三男 横川竟(よこかわ きわむ)さんが、他の兄弟と協力しながら、戦後 高度経済成長期を迎えた1950年代の日本で、2000人以上の労働者を住まわせるために作られた、東京のひばりが丘の人々の生活を支えるために、こちらの会社を設立しました。それまで横川竟(よこかわ きわむ)さんは、戦後の東京の乾物問屋で 問屋の経営者に商売の基本をたたき込まれながら 朝4時から夜まで働いていたので、根性や「正直にお客さんに接しなければならない・大勢のお客さんに慌てずに対応するため 接客をする前に準備せねばならない」など、商売の基本的なやり方の知識はついていました。ことぶき食品を経営する中で、竟(きわむ)さんは、当時 貧しい家庭が多かったので小分けにして商品を売ると喜ばれよく売れた・普通は各家庭でやる「薄い塩水につけて 塩鮭を塩抜きする」過程を店で行った塩鮭を並べると喜ばれよく売れた 事から、お客さんに寄り添う大切さを学んだそうです。
1969年7月、二代目社長 茅野亮(ちの たすく)さんは、有限会社から株式会社ことぶき食品に組織変更しました。
有限会社は、まだ十分な金額を稼ぐことが出来ないので 社会的な信用が低いため、経営者の身内などが資金を持ち寄って経営する会社ですが、株式会社は社会的な信用を得ており、銀行などから多額のお金を借りやすい会社です。有限会社から株式会社に組織変更したことにより、ことぶき食品の社長となった横川四兄弟の次兄 茅野亮(ちの たすく)さんは、店舗数を6まで増やしたり 大量に食材を仕入れ安く売るなど、大規模な商売をはじめられるようになりました。
1970年7月、二代目社長 茅野亮(ちの たすく)さんは、東京都にファミリーレストランすかいらーく1号店を出店しました。
もともと食料品店を運営していた ことぶき食品の経営陣は、日本の大手百貨店 西武百貨店が 小売業世界最大手のアメリカ・ウォルマート社と業務提携する事により生まれた、巨大な資金力で完璧な品揃えと驚くような低価格販売を行う、スーパーマーケットチェーン 西友には勝てないので、今後は食料品店を続けてももうからないと考え、レストラン経営を始めることに決めました。1号店を作る際、ことぶき食品の茅野亮(ちの たすく)社長は、3000万円を超える出店費用を貸してもらう為に、親戚や親戚が所属していた農協の理事を説得したり、資金が足りないので十分な額のお給料を保証できない中、品質の高い料理を作ってもらうためにプロの料理人を雇うことに苦労したそうです。しかし、社長はレストランの経営から「アメリカだけではなく、日本でも自動車文化が広がってきたので、家族連れをターゲットにしたレストランは繁盛する」という事を知ることが出来ました。
1974年、株式会社ことぶき食品から株式会社すかいらーくに商号変更したり、1977年、埼玉県に 各店舗で提供する食材を作るセントラルキッチンの工場を開設したりし、茅野亮(ちの たすく)さんの会社は完全に、小売業ではなく飲食業の会社として生まれ変わりました。そしてレストラン すかいらーくを繁盛させたので、株式会社すかいらーくはその社会的価値を認められ、ついに1978年、東京店頭市場に株式公開されました。
1980年4月、茅野亮(ちの たすく)社長は、軽食を提供する店 ジョナサン1号店をオープンしました。
ジョナサンは、アメリカで流行していたが、景気が悪くなり客足が減っても 店舗を増やし続けたため、コストが増大し従業員の給料を払えなくなりつぶれかけたコーヒーショップチェーン サンボ社から、運営ノウハウを安い授業料で教えてもらうことによってつくられた喫茶店です。はじめは、アメリカのコーヒーショップのように「ハンバーガーやワッフル、コーヒー」を販売する店でした。こちらの店を経営する上で、茅野亮(ちの たすく)社長は、ハンバーガーやコーヒーを全国の300店舗で提供していた、マクドナルドに対抗する事に苦労したそうです。マクドナルドにはない 若い女性に人気のある有機野菜食べ放題のサラダバーを導入したり、多額のコストをかけ品質管理や店舗内の清掃を完璧にした結果、集客率・利益率が好転したということです。
1982年 東証第二部に株式上場し、1984年 東証第一部に株式上場した、絶好調のすかいらーく社は、1986年4月、中華料理店 バーミヤン1号店をオープンしました。
1991年すかいらーく社は、群馬県藤岡市にバーミヤン藤岡工場を開設しました。
なぜ群馬県藤岡市に、バーミヤンの店舗で使う食材を加工する工場を建てたのかというと、藤岡市は、古くから養蚕業が盛んで質の良い絹が作れると有名なほど、川の水質が良く、近くにその水を常時ためておく下久保ダムがあり、一定量の工場用水を いつでも使う事が出来るからです。こちらにより、すかいらーくは店舗で使う食材をバーミヤン藤岡工場で大量に作り、関西圏や関東圏を中心に、バーミヤンの店舗数を増やすことが出来ました。
1992年3月、すかいらーく社はファミレス ガスト1号店をオープンしました。
2001年1月、すかいらーく社はSガスト1号店をオープンしました。
Sガストとは、Speed(速くする)・Smile(笑顔)の頭文字のSをブランド名に使った、ハンバーグ定食が主力商品の、メニューの値段が安い店で、速く食べられるので忙しいサラリーマンの昼食に最適と有名になりました。すかいらーくの経営陣は速く安いメニューを揃えているSガストは、牛丼屋 吉野家のように全国で繁盛するに違いないと考えていたため、2020年まで Sガストの店舗数を増やしました。しかし、Sガストは吉野家と異なり、お持ち帰りで注文する人が少ないので、お客さんが店内に長居し 回転率が低くなる結果、儲からない体質だと分かり、2020年7月にSガスト全店舗を閉鎖しました。
すかいらーく社は、「ガスト」が今後 会社の稼ぎ頭になるとみて、「どうすればもっと儲かるか」と必死に研究を重ねながら、店の運営・計画的な店舗拡大を続けました。2003年11月、ついにすかいらーく社は、ガストを1000店舗まで増やすことに成功しました。
2010年3月、すかいらーく社は、ステーキガスト1号店をオープンしました。
ステーキガストはステーキ専門店で、低価格でおいしいと有名になりました。すかいらーく経営陣は、ガストの経営の中で「若い世代は肉のメニューを好む傾向にある」と分かったので、若い世代の多い地区にステーキガスト店舗を作ると繁盛するはず と考え、若者が多い神奈川や大阪で店舗数を増やしました。ところが、賃金・物価の上昇が続いていたアメリカで金利が引き上げられた一方、日本銀行は企業がお金を借りやすくするために金利の上昇を抑えていたので、日米間の金利差が拡大し、そちらによる円安で輸入ステーキ肉の値上げが続くという、予想外なことが起きてしまいました。そのため、採算が取れなくなり2022年8月からステーキガスト店舗数を減らしました。
環境問題が叫ばれてきたので2019年7月、使い捨てプラスチック製ストローを全店で廃止したり、働き方改革が求められる社会に変わってきたので、2020年から24時間営業を全店廃止したり、時代に合わせて大胆な変革を繰り返してきたすかいらーくでした。
すかいらーく社は、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で営業利益が赤字になってしまいました。すかいらーく社は、こちらを巻き返すべく2021年2月から、店内に飲食スペースを設けず店舗面積を小さくし コストを低く抑えられる、デリバリー・テイクアウト専門店を東京に次々建て、営業利益を黒字化させようとしましたが、成果は思うほど上がりませんでした。すかいらーくは時代に合わせた改革の一環として行う、フロアサービスロボットの導入や、楽天EdyやSuicaなどの電子マネーでの支払いに対応できる機器の購入のため447億円必要になりました。しかし、経営難により、資金が足りなくなりました。そこですかいらーくは、株を売って 430億円を調達しました。こちらによりすかいらーくは、新しいステップに進むことが出来ました。
2022年末、800店舗以上で「電子マネーでの支払いに対応できるセルフレジ」が導入され、同じ頃 約2,100店に3,000台のフロアサービスロボットが導入されました。
2023年3月からすかいらーく本社では、経営戦略と執行の一層の強化・充実を目的に、社長と会長の2人の合議で会社の経営方針を決めるという、新経営体制に移行しました。
これまでの 一人が決定権を独占する体制では、資金を提供する投資ファンドの意向が経営に反映されず、2006年に投資ファンドから文句を言われ経営が混乱するという問題が出てきました。投資ファンドから送り込まれた役員と、会社の人間の2人の合議で経営方針を決定するという体制に変えたことにより、こちらを解消できました。これから、2トップ体制がどのような成果をのこすのか注目です。
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お疲れ様です。
貴重な時間を割き、お読みくださいましてありがとうございました。
すかいらーくの歴史についての記事は、こちらもあります。どちらがより美味しいか、是非確かめてみてください。
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あなたはアマゾン派?楽天派?
<亀田の柿の種>
次回は、「餃子の王将」店舗を全国展開する、王将フードサービスの歴史について解説します。
サムネイル内で使った画像の引用元:
https://mainichi.jp/articles/20190224/ddm/008/020/050000c
https://corp.skylark.co.jp/about/history/
https://www.skylark.co.jp/gusto/