人生の最適化
さて今回は人生の最適化について思っていることを述べたいと思います。
きっかけは、両親の晩年について考えたことでした。
年老いた両親が小さな集合住宅でどこにも温泉旅行にも海外旅行にも行かず、
できるだけ節制して暮らしているのを見て、
どうして人生の最終期にもっとお金を使って旅行とかに行かないのか?と思ったのです。
今から考えると、もう人生の最晩年でどこかに旅行に行く元気も気力も興味もなくなっていた
のだろうと思いました。
人生は、健康であるうち、気力や興味があるうちにお金を使って人生の経験を豊かにしなければならないと思いました。
また母親が最晩年にパリの自分のもとに暮らしにきた時、私は30代後半で、
その時の母親の余生がどのくらいあるかなど予想もつかなかったのですが、
今思い返せばその時が母親の人生最晩年の時期だったのです。
30代後半の自分には母親が最晩年を迎えている人生の最終局面だったことなど
想像することもできなかったことが、後になって心残りでした。
人それぞれに、人生を歩んでいるステージが違うという自明の理があることに気付かなかったのです。
私が30代後半であとの人生が20年も30年も漠然と続くと感じていたように、
母親の人生もあと20年くらいは漠然と続くと当然のように思っていたのですが、
これが大きな間違いで、その当時母の人生は最終局面を迎えていたのでした。
人生には、今しかできないものがあると思います。
今しかできないことを先延ばしにして、
老後の楽しみにとっておこうなどと考えるのですが、
老後になってそれを遂行する健康が保たれているか、誰にも確証はありません。
できる時にやることが人生の最適化に近づく方法の一つかと思います。
人は漠然と老後とかを考えて貯金したりしますが、老後を迎える前に死ぬかもしれないし、
大病を患うかもしれません。
そういう時のために老後の資金を今のうちから貯めておくという考えももっともですが、
体力、気力が衰えた老後に人はそう多くの出費はしないそうです。
医療で多くのお金が必要になるかもしれませんが、
できれば今のうちから生活習慣病にかからないように手を打つことが大切だと思います。
そう考えると、自分自身の死を先駆的に自覚し、
人生の最適化は今できることを最大にすること、
これに集約されるような気がします。
明日の、10年後の、老後の人生などは健康が衰えていくばかりの下降線です。
今できる最高の人生を経験するためには、未来の話は漠然としすぎています。
人生は有限、今できることを最高最大に。
人生の最適化は、今起こりつつあることにフォーカスすることが大事だと思います。