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嗚呼、郷愁のアジア
古きよき町並みが郷愁を誘うユネスコ世界遺産登録の町
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ベトナム中部の古都ホイアンを旅していた時のことである。かつて朱印船貿易で日本人町が栄え、その名残りとして今も日本橋が残されている。
その時はミャンマー、タイ、ラオス、ベトナムと15日間で4カ国巡り歩いた。
愚かな失敗もたくさんしたが、すべては経験となった。
ラオスからベトナムの首都ハノイ まで24時間、
ハノイから古都フエとホイアンまでさらに18時間のそれぞれの夜行寝台バスは、
まるでタイヤがパンクしているかのような道路の凹凸がもろに座席シートに響くようで、
まったく眠れずきつかったが楽しかった。
飛行機だとそれぞれわずか1時間30分以内くらいの距離なのに。
ちなみにベトナムの南北の長さは、日本でいうと青森と福岡間以上あるそうだ。
なんと本州の端から端まで、さらにそれ以上あるのだ。
そこで、一体、何を観たのか?
一言で言えば、観光産業の裏通りにやや焦点を当てていたため、貧しくも慎ましい人々の暮らしというものを、前回よりもっとダイレクトに垣間見れた。
東京やパリなどではほとんどありえないような地を這うような裸に近い人々のなまの生活感だった。経済の繁栄からくる豪華できらびやかな情景の影絵のような正反対の人々の生き様。
きらびやかな繁栄を遂げつつあるアジア。
だが眼差しをほんの少し広角にしていると、
そこには、経済の繁栄などから取り残されたような人々があちこちに必ずいつもいる。。。
まるでこう言っているよう「(アジアの繁栄なんか関係ないんだけどサァ、) この風船、
この切手、このお花、この魚、ひとつでいいから買ってくれる?少しでいいからサ、
ネエ助けて。。」と。
なかには眼が見えず働けないから、ひたすら歌を唄って物乞いする方々もいた。
彼ら彼女らのなまの姿が、肌にしっとりと触れてくる生ぬるい東南アジアの風とともに、
脳裏にまでこびりついてしまった。
ある時、観光としては何もないようなラオスの首都ヴィエンチャンの夕日を
悠久の大河メコン川の土手から眺めた。
昼間の熱波がおさまり、オレンジ色の太陽の残照が川面の涼しい光景に
溶け込んでいる静かな雰囲気のなかで、
夫婦やカップルが肩を並べて沈みゆく太陽を見ていた。
ほんの数十年前まで幾多の内線や戦争に巻き込まれた東南アジアで、
今この瞬間、自然のなごみ、飾らない平和、ということばが脳裏に浮かんだ。