翡翠拾い5回目。この石はどうだ
前回のとおり今回は親と糸魚川へ。
いつもは1時間半くらいで着くのが1時間で糸魚川に着いてしまった。
自分と同年代の軽自動車と、普通車ではそりゃ違うよな。
燃費も違うし、ETCが付いてるから高速代が200円安い。これは変えどきなんだろうかと思った。維持費の安い軽で、雪道走れる4WDでターボの車か。アルトが良さそうだ。カスタムしたアルトは意外と洒落ている。
全く関係ないが、雪道での自動運転ってどうなるんだろうか。雪が多くてカメラが機能しなかったら自動にならないだろうしな。あと運転が楽しい人たちについてはどう考えるのか。車メーカーは分かってるだろうけど、テクノロジー界隈の人たちは車を運転しないから夢ばっか見て想像できてなさそうだ。田舎で自動運転車が制限速度厳守してたらとんでもないことになるし、運転は情報から開放されるシャワー中のような時間でもある。
そもそもコロナでさらにリモートワークが普及したら自動運転で生産性が上がることも無さそう。でも優しいタクシーが出来たらそれは良いだろうと思う。いやそして田舎で代行使わずに酒が飲めるか、そうか、早く普及してくれ。
でもやっぱり運転が楽しくない未来が待ってそうだな。対抗してバイクが流行りそうだ。ヴィンテージカーやバイクの人たちをどこへ行かせようとしてるんだろうか。「境界のない世界」がどうとかよく聞くけど、争いのないつまらない世界を作ろうとしてないだろうか。人の幸せってむしろ境界を生むことだし、その発言をすることで自分でも境界を生んでいることに気がついているんだろうか。その矛盾に気がついてはいるのかもしれない。どうだろう、実は何も分かってないから問題が一向に解決しないんじゃないか。
だいぶ脱線をした。
自分は三半規管が弱く、高速に乗る前にすでに親の運転で車酔いをしていたので糸魚川に到着したころにはぐったりしていた。
すると急に、海鮮丼じゃなくて別のところに行こうと言い出す。
こういうときの親のワケの分からなさにこの世の諦めを感じつつ、予定としてはまず海岸へいき → フォッサマグナミュージアム → その後に駅らへんでご飯屋さんを探して食べようとのことになった。
自分も行ったことがなかったインターからほど近い「ヒスイ海岸」に到着した。
母親ははじめての翡翠拾いでなぜか丸いデカい石を袋に詰め込みはじめる。庭に敷くのだという。
自分はというと、なかなか探しやすい海岸だなと思いながら探していったのだが、上の画像の石ひとつ拾っただけだった。灰色っぽい石には「結晶片岩」という苦い思い出があるので、結晶片岩っぽいけど一応持って帰っておくか、くらいの気持ちでポケットに仕舞った。
10分から15分くらいだったろうか、自分も昨日の疲れがあり、親もこのあとの疲れを予測して切り上げフォッサマグナミュージアムへ。
二度目の常設展で思ったのは、翡翠は意外と「普通の石っぽい」ということ。あれ、今まで見落としてたんじゃないか?というほど普通の石に見えた。これはかなり有益で、やっぱり実物を見ないとわからないことって沢山あるんだろうなと思った。
フォッサマグナミュージアムをあとにして、当初の目的であるご飯屋を駅あたりに探しに行くのだが、なかなかご飯屋さんが見つからず、けっきょく「親不知」へ。
自分はもう諦めているためそういうちょっとしたことにも怒りは感じない。お店に到着してふたりが注文したのが「あんこう汁定食」。いや海鮮丼じゃないのかよ。
はじめは「あんこう汁定食」じゃなくて「あんこう汁」単品にしていたところを見ると、胃を摘出してるし、疲れや色々あってガッツリは食べられなかったんだろうという気がする。本人は言わないし、母親もそういうことに気がつかないが。
でも酒を四本くらい飲んで、窓辺から海を見ながらわりと上機嫌だったと思う。
ビアパーク内にある別のご飯屋さんも気になっている。調べたらそちらも美味しそうだった。あのパーク内に何があるのか、また行ってみよう。
親不知のインターが近くてよかった。あんなに近いとは。
わりといい旅だったんじゃないかと思うが、実際のところわからない。自分の隣に人がいたらまた違うんだろうなと思う。
唯一拾ってきたこの石。
帰ってきてよく見てみると、以前拾ってきた「苦土リーベック閃石」と似たような光り方をする部分がある。
つるつるなんだけど、ガラスの割れ目のような光り方をする。そしてけっこうスケスケで透明な感じだ。この石は翡翠ではないのだろうけど、なかなかに良い石だ。すでに勾玉っぽい形をしているから、鑑定してもらったあとは勾玉にしてしまっても良いかもしれない。鑑定は前回の記事の通り、コロナの影響で先になりそう。
それに合わせて翡翠拾いも一旦休むかもしれない。休みの日にルーターで石を削る練習の時間を作りたいと思っている。その様子は動画で撮れたら面白いかなとも考えている。
そして販売も考えている。稼ぐためと言うよりも、好きなことで維持費を作っていくようなことが尊重される世の中になっていくだろうということを、実際に体験したいためだ。すでになって来ているのはこのnoteでも見られるし、様々なところで見ることが出来る。有料記事のようなものは書けないために、そういう感じに出来たら良いかもなと考えている。