ここではないどこかへ
大阪を出たいと思った。
今いる場所から遠く離れて、私のことを知らない所へ。携帯と財布をおいて。着の身着のまま漂うように。
気づくと仙台にいた。
海と島と観光客と勝景地。うみねこはどこかにいってしまった。古いものと商売の香りとマイナスイオン。葉は赤や黄に色ずきはじめ、ここに居続けるのは無理だと告げられた。
船に乗る。
水平線に向かう船は地球の裏側に吸い込まれそうな勢いだ。スクリューから出される水が海の静寂をかき乱していく。魚は跳ねない。代わりに船内アナウンスだけが高らかに鳴り響いていた。海水とオイルの匂いが混ざり、ここが陸ではないことを教えてくれる。たくさんの島をくぐり抜けたところで、船は引き返し港へと帰るのだった。それ以上先には進めないというように。
歩く。
なにも思い付かないときはとりあえず歩く。歩くと大抵なにかにぶつかる。9年前、街を飲み込んだ海水。その水位に出会った。私の身長より遥か上に引かれたその線はひっそりと存在した。私は線より下にいた。
月が昇れば明日の前触れ。朝日が昇れば昨日の終幕。
月は煌々と輝き、夜の空にコントラストを与える。優しく見守っているかのよう。朝日は燃え上がり、その存在を知らしめる。どこにも逃げられないぞと見張っている。
空港は人を排出していた。
帰りたいと思ったわけでも、帰らなければと思ったわけでもない。気づけば波を描いたような天井の下で搭乗ゲートへと向かう長蛇の列の中にいた。観光客や出張帰りのサラリーマンが片手におみやげ袋を引っ提げて並んでいる。仙台に留まりたかったわけでもないが、さも当たり前のように列に加わっていることが不思議だった。搭乗ゲートの長蛇の列は規則正しく空港をあとにした。
「ここではないどこかへの旅」は「ここではないどこへでもない旅」になった。次旅をするときは「ここではないどこかへの旅」になることを祈っている。