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私信としてのおすすめ短編小説4選

 友人がいる。私の書いた文章を読んでくれて、感想も述べて、あまつさえ褒めてくれる優しい友人である。
 その友人が言う。

 「小説って教科書と友達の同人誌と『駈込み訴え』しか読んだことない」

 そんなことあるかね。あるんだろう。私がローグライクゲームはBalatroしかやったことないようなものか。カルチャーにどっぷりの人間には、そうでない人間の「出会いの機会の無さ」は計り知れない。
 それにしたって何となく責任を感じるのは、上記の『友達の同人誌』のおよそ8割は私の本だからだ。友人の貴重な読書体験を埋め尽くし過ぎている気がする。なので「もっといい本読みなよ」とは言ってみたものの、言いっぱなしでおすすめの一つもしないのはそれこそ無責任な話だ。
 なので書く。友人の好みを鑑み、希望に合わせておすすめの短編小説集を集めてみる。

  そんなもんはLINEとかの私信でやれやという話だし、実際半分以上私信として書くが、一応公開する理由はある。
 ひとつに何でも書いて公開しておくと誰かの役に立つかもなあ、と最近しきりに思うからだ。JASRACへ同人誌のために申請を出す方法を詳細に書き残してくれた誰かのおかげで出せた同人誌があり、Balatroの攻略について書き残してくれた誰かのおかげで勝てたゲームがあった。
 この記事もひょっとすると気のいい友人におすすめするための短編小説集を探している誰かの役に立つかもしれない。
 そしてこっちの理由が大きいのだが、もし私が勧めた本が刺さらなかった時の二の矢が欲しいのだ。私の趣味は偏っているので、全弾大外しになる可能性も正直ある。
 要するにコメント欄とかで借りたいんですよインターネット叡智パワーを。みんなのおすすめ短編小説集教えてくれや。これはそのための旗。
 ちなみに友人はこれ経緯も含めて公開していい?と聞いたらあっさりOKしてくれた。マジ優しい。あとオタクポエムの許可が出ているので随所にオタクポエムが挟まります。マジでありがとね。

以上前置き、以下私信です。

1.『ザ・ビデオ・ゲーム・ウィズ・ノーネーム』赤野工作

 厳密には短編連作集だと思うので初手からレギュレーション違反の気配があるが、これが一番おすすめなので許してほしい。
 オタクのブログって好きかい? それです。それっぽいとかじゃなくて、それ。

 本作は2115年に開設された「レトロゲームレビューサイト」のていで読者にとっての架空近未来のゲーム、それも世間一般には「クソゲー」と評されたゲームを各話で記事として紹介していくというスタイル。
 近未来に生まれた技術とそこから発展するゲーム、それを取り巻くマニアや世間の熱狂や落胆、そしてゲームの衰退を「本当にあったかも」と思わせるディティールと熱量で書く作品だ。

 ぼっちのオタクと一緒にゲームを遊んでくれるアンドロイド。
 火星へ向かうコールドスリープ中の宇宙飛行士のために開発されたゲーム。
 ナノマシンで物質的にプレイヤーの脳を揺さぶるテキストアドベンチャー。
 遺伝子を編集し人工生命を造る遺伝子編集ゲーム。
 
未来の技術とそこから生まれたゲームの作り込みで興味を惹きながら、記事の焦点はそれを遊び、クソゲーと評価する世間と、それでも愛する「筆者」含むマニアたちの感情へと流れ込んでいく。
 それがいい。すごくいい。結局オタクのブログで面白いのって感情だから。知らないオタクが知らないカードゲームの知らないルール改定にブチ切れてるエントリは面白い。そこには溢れんばかりの愛憎があるからだ。それと一緒。未来の知らないゲームの、知らない栄枯盛衰が、何十年何百年経っても変わらないオタクどものある種しょうもない偏愛と執着によってのめり込まざるを得ない物語になっている。
 これはオタクのブログだから、記事を読み進めるたびに筆者の人物像が少しずつ透けていく。それもまた面白い。オタクの好きなもの片っ端から並べたら、それってもうオタクの人生そのものの話してんのと一緒で、好きなコンテンツをPCのバックライトで透かすことでしかもはや痕跡を見いだせないオタクの人生がある。突然のオタクポエムすみませんでした。
 この点に関してはカクヨム版で単行本未収エピソードも含めて読むとより強まるかなと思う。というか全エピソードカクヨムで無料で読めます

 嬉しいけど商売的にええんかなという感じがある。私はカクヨムで全部読んだ後好きすぎて単行本買ったけど……
 カクヨムの表示ゴシック体にできたらな~~~完全にオタクのブログとして完成したよな~~でもはてなとかnoteとかじゃなくて個人サイト時代意識だったら逆に明朝体の方がそれっぽいのか?
 個人的に作中ゲームでちょっとやってみたいけど技量が追いつかなさそうなのが「チンシルケイム」、ガチで嫌なのが「密友」。

2.『罪の名前』木原音瀬

 感情、好きかい?! 特にじっとりした陰と質量があるタイプの感情、好きかい?! 好きだと思うので本作を勧めます。
 本作はBLの名手・木原音瀬の短編集ですがBL成分は薄目。
 全体的に奇妙な執着心と自分に理解のできない心性に接した時の戸惑いとがクローズアップされた作品が多い。

 信頼関係を築いていたはずの善良な患者の暗い面を覗き込む医者の『罪と罰』 。
 弟に執着する半身不随の兄の手紙と、その死後に弟から語られる実像の双方から兄弟の愛憎を描く『消える』。
 クラスで少し浮いている少女たちの友情と虚飾、そして破綻を追う『ミーナ』。
 小動物を食べることが止められない少年と、その嗜好に戸惑いながらもそばにい続ける幼馴染のいびつな関係の『虫食い』。

 いずれの話も荒涼とした相互無理解とじっとりした愛憎の塩梅が気持ちよく、この暗い道をこの先どう進んでいくのだろうと読了後に想像したくなる作品ばかりだ。
 自己像も他者像も、自分の視点からは一面から見ることが出来ず、自分に見える面で構成された世界観はふとした瞬間に死角から強く揺さぶられる。自分の精神的地盤にヒビを入れられて動揺する瞬間、よくないですか。
 何か大体察したと思うけど私は『虫食い』が一番好きです。虫吐くBL書くようなやつは当然虫食う話も大好きだよ。
 

3.『走馬灯のセトリは考えておいて』柴田勝家

 信仰とSF的視点の絡まった作品の多く収録される短編集。
 SFが感情の話をするとき、01に解体するような冷徹さを感じるときもあれば、硬い石を削ってわざわざ精巧な美女の顔を造る切実な美学のようなものを感じるときもある。
『ザ・ビデオ・ゲーム~』のオタクの偏愛、そしてこの『走馬灯の~』の信仰の描き方からは後者を感じる。信仰を科学でばらばらにするのではなく、新しいマテリアルに転写して、信仰と人間の引き剥がせなさを教えるような、人心に対するある意味の信頼を感じて好き。オタクは信仰の話が大好きで困るね。
 
 個人的に好きなのは異星人が人類滅亡後の地球で人間の生活を真似る『絶滅の作法』(「転機の後も続いていく暮らし」好きにめちゃくちゃ刺さる)と、原生生物による宗教の拡散『火星環境下における宗教性原虫の適応と分布』(異常な状況設定を淡々とした論文調で吞まされながら少しずつ世界観を理解させられるのが気持ちいい)。
 そして表題作の『走馬灯のセトリは考えておいて』では、ライフキャストと呼ばれる故人の人格再現AIを作成する仕事についている主人公が、かつて大人気Vtuber・黄昏キエラの「中の人」だった老女に、黄昏キエラとしてのライフキャスト作成を依頼される。
 人類に滅びまで「弔い」はついて回る。どう何を弔い、何を嗅ぎ取るのかは様々でも、そこに何かは必ずある、そういう祈りを感じる話だ。
 私は自分自身の葬式で流してほしい曲のセトリをガチで考えたりするので、ライフキャストの自分が作った葬式用セトリと本物自分のセトリとで答え合わせしたすぎる。

 なんか書いてて思ったけどこの本全体的にかなりポルノグラフィティの『アポロ』かもしれない。アポロ11号がはるか過去になっても人間の感情が変わらないことに対する結局の讃歌。
 ちなみにこの本が気に入ったとして、作者の本を作家買いしようと「柴田勝家 電子書籍」などと調べると戦国時代関連の書籍がずらずら出てくるので、作者のWikipediaとかから著作名をコピペして直で探すのがいいと思います。ご本人この筆名で苦労しないんだろうか(なぜこの筆名なのかもこの本で読めます)。
 柴田勝家の短編集は『アメリカン・ブッダ』も好きだけど、『走馬灯の~』の方がとっつきやすさの点でおすすめ度高いかな。

4.『儚い羊たちの祝宴』米澤穂信

 推理小説家米澤穂信によるミステリ短編連作集。何で4選中2つでレギュレーション違反なんですか?
 昭和中期の雰囲気を持つ各話は独立しているが、背後には令嬢たちの集う読書会「バベルの会」の姿がちらつく。
 
 気丈な名家の跡取り娘に心酔する使用人と、名家で相次ぐ殺人についての『身内に不幸がありまして』。
 使用人として迎え入れらた妾腹の娘と、別館に軟禁された長子の不穏な関りを描く『北の館の罪人』。
 人の訪れない山荘の管理を任され、来客を待ちわびる若い管理人が遭難者を利用する『山荘秘聞』。
 窮屈な家で唯一味方になってくれた使用人を失った少女の『玉野五十鈴の誉れ』。
 成金の実家に不快感を持つ少女と、謎めいた料理人「厨娘」の『儚い羊たちの祝宴』。
 
 通底するのは「バベルの会」に象徴される耽美で夢想家な年若い女性たちの陶酔と頑なさと、反面ぞっとするような冷徹さ。現実と不和を起こすほどの強固な内在論理は、悪意の顔をせずに惨劇を引き起こす。
 特に表題作の『儚い羊たちの祝宴』は現実との均衡を少しずつ失いながら、怪物的な自己中心さに淡々と目覚めていくさまが実にいい。
 つねづね二次元少女性の凶暴さにメロメロになっているタイプのオタクとしてはたまらない、愛らしいだけではない少女性を堪能できる一冊だ。
 読書会を軸に置いているだけあって名作の書名が色々と出てくる作品でもあるので、読みたい本を探す足掛かりにするのもいいかもしれない。
  
 

 以上4冊、とくにおすすめとして挙げさせてもらいます。読んだら感想くださ~い!
 あとここまで私信を読んでくれた人はぜひおすすめ短編小説教えてくださ~い!!!!ありがとうございました!!!

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