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【連載小説】秘するが花 3

はざまの世 3

 いた。
 いました。
 白く輝くこの世界の、
 白い壁の前に白い面。
 しかし、たしかにあの声の主は。
 ふと、眼を転じてよくよく見れば、
 出口の暗闇の前にも、黒い面。
 青狐面、赤狐面の他に、
 白と黒との面がいます。
 これらの四つのお面が、
 地面におわすカミサマの一部。
 白か黒か、
 どちらかの面の声が響きます。

「敷島の大和の国は、
 言霊の助くる国ぞ、
 まさきくありこそ」

 言葉には霊力があります。
 森羅万象に霊が宿るのですから、
 言葉にも霊は宿ります。
 その霊の名が、言霊です。
 その言霊で編まれた和歌には、
 力を入れずに天地を動かす。
 目には見えない鬼神をも、
 あわれと思わせる力がある。
 と、言われます。
 
「さてさて、現世でのお前は、何者か」
「現世での名は?」
「お前の現世の名を名乗れ」
「名とは、祝いにして呪い。
 お前を護り、お前を縛る」
 矢継ぎ早にたたみかける面たちの言霊。
 わたくしが何かを言わねば、
 何も始まりません。
「わたくしは、胡蝶」
「なんと?」
 わたくしの言葉に、
 赤の狐面が傾きます。
 まるで、首を傾げたようです。
 わたくしは顎をあげます。
「あるいは、此処は胡蝶の夢の中」
 傾いていた赤の狐面が、
 くるりと回ります。
「はは。胡蝶の夢か。
 人が胡蝶の夢をみるのか。
 胡蝶が人の夢をみるのか」
 そう詠った青狐面は、
 続けてわたくしに言いました。
「いずれにしても、
 胡蝶か、人かのどちらか。
 ということですか?」
「憶えていないのです。
 前世でのわたくしの何もかもを」
「ならば、夢をみせましょう。
 カミサマとは、夢で伝えるものだから」
「夢で、霊夢、ですか」
「目覚めている時は、
 ひとつの事しか考えられない」
「何か一つのことで頭は占有される」
「しかし、夢の中ならば無限だ」
「夢の中では、幾つものことを
 同時に考えることができる」
「それに、我らの中には、
 言霊を使わぬカミサマもいるからな」
 赤の狐面が説明する中、
 青の狐面は詠いながら、
 ゆっくりと舞います。
 
「世の中は 夢か現か 
 現とも 夢ともしらず 
 ありてなければ」

 何故か仮面だけでなく、
 舞姿の影が見えてきます。
 ああ、あの舞は。
 風のような。
 水のような。
 あの男の舞。
 
 ひらひらはらはら、紋白蝶が飛びます。
 紋白蝶が飛ぶのは、色彩がない銀世界。
 白と黒だけの雪景色の世界。
 わたくしは、あの紋白蝶。
 白黒だけの世界の中に、
 紅色がひとつ見えてきました。
 それは、雪を割ってほころぶ
 一輪の紅い花。
 その時、わたくしは、
 ときめきを覚えます。
 折から雪が舞い降りてきます。
 雪は音を包み込み、
 世界は静まり返ります。
 沈黙の中で白い雪は、
 時のように紅い花に降り積もります。
 雪舞う中を、
 ひらりひらひら舞う紋白蝶。
 やがて、何もかもが、
 雪の中に見えなくなりました。
 
 そこで、わたくしは、
 夢から醒めました。

 夢から醒めた時に、
 初めて、
 あれは、夢であった
 とわかります。
 それが、夢。
 夢をみている間は、そこが現世。
 そこで起きることが、現実。
 夢だからこそ、蝶になるだけでなく、
 蝶であるわたくしの姿が見えたのです。

 わたくしは、
 青の狐面の夢から醒めたのでした。

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