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空想科学唯声劇 「それでも月は動いている」


なるほど、【朗読劇】「それでも月は動いている」は、登場人物が5人だから演じるのが難しい。しかも、顔出しNGだから出演は声だけで。
ということですね
じゃあ、男1人女3人の構成で書き直せば良いですね。
了解です。

【空想科学唯声劇】くうそうかがくこえだけげき
「それでも月は動いている」                             

 登場人物
 ■式部(紫式部)
 (大河作家。推しの清少納言を推薦したが、本当は自分が書きたい)
 ■納言(清少納言)
 (エッセイ名人。天才作家。推しは故中宮定子(藤原道長)
 (善良なお坊ちゃん。天下人の矜持はある)
 ■晴明(安倍晴明)
 (時空旅行者(タイムトラベラー)この時代の名前が安倍晴明)

晴明 
藤原道長さまのお召に、紫式部が、清少納言を伴って参上いたします。

道長 
清少納言、そなたに頼みたいことがある。「月を褒め称える物語」を書いてもらいたい。

納言 
物語を?わたくしに?

道長 
もちろん、紙は提供するし褒美も遣わす。さらに、そなたの物語は、書き写されて宮中はもちろんのこと、全国の国司を通じて日ノ本中に広められる。

式部 
ね、ね。自分の物語が、日ノ本中で読まれる。
書き手の夢のような話ですよ。先輩。

納言
『物語と言えば、紫式部』でしょ。そんな夢のような話を、何故、あなたがやらないの?

晴明 
清少納言が最も適任であるとの、紫式部からの推薦です。

納言 
(式部に)ねえ。こちら、どなた?

式部 
(納言に)こちらは、あの、高名なる陰陽師安倍晴明さま。らしいのですが。

納言 
(式部に)え?ええ!うそでしょ。安倍晴明って実在するの?というか、すごい違和感。

式部
納言に)たしかに違和感あるけど『母親が狐っていうことだから』って、道長さまが。

晴明
わたしは、『過去より来りて 未来を過ぎ 久遠の郷愁を追ひ行くもの』

式部
まあ、古来、『人ならぬ者から産まれた者は、不思議な力』を持つらしいですからね。わたくしは、『不老不死の八百比丘尼ってこんな感じかも』と思ったけど。

晴明 
(ポツリと)あ。その手があったか。

道長 
あー。えへん。これなる大陰陽師、安倍晴明が立案の作戦なのだ。

納言 
でも、わたくしは「物語」を書いていませんよ。

式部 
と、いうことにしてあるのですよね。なんと「清少納言は、ひそかに物語も書いていた!」

道長 
そう、式部は言うのだ。

式部 
先輩の文才が、随筆なんかで満足するはずがない。あの、清少納言ならば必ずや、「源氏物語」に匹敵するような物語を書いているに違いない。

納言 
ちょっと待って、随筆なんかって。まるで、随筆が物語よりも劣るみたいじゃない。

式部 
え、いや、それは。あ、でもほら。物語は大河になるけど、随筆は、ねえ。

納言 
まあ、いいわ。わたくしは、『どちらがいいか』ではなく、『どちらもいい』ということを言いたいだけ。優劣などつけないで、どちらも楽しめば良いのよ。

道長
あー。「何かを輝かせるのならば、清少納言。余人を持って代えがたし」

式部 
そう。それです。道長さま。続けてくださいませ。

道長 
俺は、これまであらゆる者からほめそやされてきた。だから俺は嫉妬や羨望をまじえず、何かを褒め称えることの難しさを知っている。

式部
先輩の枕草子では、描かれている何もかもが輝いています。そこには愛がある。何もかもが愛おしい。わたくしには書けません。

晴明 
春はあけぼの、夏は夜。秋は夕暮れ。冬はつとめて。世界はこんなにも美しい。

式部
だから、中宮定子さま。この世界にいてください。あなたの存在が好き。

納言 
うふふ。わたくしは、ただ、うつろう時の中の、形ないものの輝きを書き留めていくことが、好きなだけ。

式部 
先輩が中宮定子さまのために枕草子を書いたことは、誰もが知っています。

道長 
我が姪、中宮定子さまを描いてくれた清少納言よ、同じ要領で「月の物語」を、書いてくれぬか?

納言 
同じ要領って、待ってください。何故、そうまでして「月の物語」が必要なのですか?

道長 
これなる安倍晴明によると、天下の一大事が起きる。いや、ずいぶんと前から起きている。

晴明 
「雨乞(あまご)い小町」をご存知ですね。天下旱魃(かんばつ)の折、あの時。小野小町が勅命で雨乞いの歌を詠んだところ、たちまち大雨が降りました。

道長 
やまとうたは、力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はす。
ちはやぶる 神もみまさば 立ちさばき 天のとがはの 樋口あけたまへ の歌で、龍神を動かした、雨乞い小町のように、そなたに物語で月の心を動かして欲しい。

納言 
月の心を動かす?だから、何故?

道長 
よいか。天下の重大事ゆえ、他言は無用だぞ。実はな、月は動いているのだ。

納言 
は?いまさら?月はずーっと動いています。月はいつも、東から西へ。

式部 
先輩、よく聞いて!

道長 
なんと、月は、毎年、一寸ほど、地上から、遠のいているのだ。

晴明 
メートル法でいえば一寸は三センチほどですね。

式部 
ん?めーとる?せんち?なにそれ。

晴明 
あーいやいや。あの月が遠くに行ってしまう、などということが知れ渡ってしまったら、大混乱が起きてしまいます。

納言 
空にある、あの月が、遠くに行ってしまうのですか?

道長 
そうだ。驚くべきことに、あの月は、少しずつ、地球から離れているのだ。

納言 
それでは、月は、自由なのですね。

道長 
え?あ、うん。そうなるかな。そうなるかもな。

納言 
よかった。月は地球の周りをぐるぐる回るだけで、窮屈じゃないかなって。

式部 
先輩、こっそり心配していましたものね。

道長 
とにかく、月をとどめるべく、人知れず対策をとりたいのだ。誰にも知られず未来の憂いを祓う。これこそが、まつりごと。

納言 
人知れず。そんな!そんな大変なことを、秘密にするのですか?

式部 
わたくしも初めて知った時、そう思いました。まつりごとというならば、公明正大であるべき。情報を操作するのはおかしいわ。って。

道長 
皆に知らせて何になる。どうせ、騒ぐだけで何もできない。

納言 
それでも、知らないうちに月を失うのと、知っていて月を失うのでは大違い。それに、「知りたい」ということは、人の本性であり、人の数少ない尊さか、と。

式部 
でもでも、月を失うと知って、何かできる人なんています?あ!道長さまの政敵には、攻撃する材料になりますね。

道長 
よいか。俺には「世を前に進める」義務がある。月を失うと知れば、対応せねばならない。

納言 
まさか。こんな天下の、いえ、世界の一大事を政争に利用する人などいるわけがない。なにより、「話せばわかる」というではないですか。

道長 
「話せばわかる」とは幻想だ。お前が想うほど人は賢くはない。宮中だけが世間ではないのだ。もちろん、話せばわかる者もいる。それでも、行いは変わらぬ。さらに、反対のための反対する者もいる。だからこそ、争いは絶えぬ。

式部 
そうね。何もかも知らせれば良い、というものでは、ないのかもしれませんね。知らせることが無用な騒ぎを生み、起こる必要の無かった不幸を呼ぶかも。

道長 
話を進める。月が離れていく、その理由を晴明が解明した。

晴明 
おそらく、月が離れていくのは、『人が月をないがしろにしているから』かと。

納言 
どういうことです?

式部 
つまり、月は拗ねてしまったの。それで、離れて行っちゃうのですって。

納言 
え?拗ねたから、離れて行ってしまうの?可愛い♡

晴明 (ポツリと)「月に心がある」ってところは疑う余地もないのね。(皆に)おほん。月は古来より命の再生の象徴。月の満ち欠けに、人は「死は生の準備であり、生は死を母とする」と信じてきました。ところが人の月への扱いは、太陽に比べると、「軽すぎる」かと。

道長 
月の神はツクヨミ。姉の太陽神のアマテラスは、天津神の最高神で帝のご先祖様。ツクヨミの弟スサノオは「荒ぶる神」の二つ名で、ヤマタノオロチ退治の英雄。ついには国津神の王と崇められる。しかし、ツクヨミは、登場するだけで後はサッパリ。だから、人が月を大切に思っていることを月に伝えて、月の心を動かしたいのだ。

式部 
あのう。わたくしは、常々思っているのですが。ツクヨミが男神という設定に無理があるのではないでしょうか?アマテラスとスサノオという対立軸を強調するあまり、ツクヨミの設定がなおざりになったのかと。ツクヨミは女神じゃないかな。

晴明
(ポツリと)ああ、たしかに、後に月は美少女戦士になって、日ノ本中の女の子が『月に代わっておしおきよ』と叫びますものね。

式部 
(晴明に)あなた、時々、不思議なことを言うのね。あらあ、晴明さまからほのかに薫るのは薫衣草の香り。

晴明 
(ハッと)ラヴェンダーの和名は、薫衣草。気をつけなきゃ。※

式部 
結論。月はほんとうならば、女神であるべきと。

納言 
そうそう。だから、雨乞い小町作戦は月には通用しないかも。だって、小野小町の雨乞いが成功したのは、龍神が男神だからでしょう?

式部 
ああ、そうね。確かに良い歌だけど、絶世の美女の歌だからこそ、男神である龍神を動かしたのか。なるほど、理にかなっている。

納言 
だから、月の女神を動かすのならば、たとえば、在原業平かしら。

式部 
当代の歌の名人で美男子といえば、どなたかしら。

道長 
待て待て待て。女ならばこそ、女の気持ちが判る。ということはないか?

納言 
女だからというだけで、女の気持ちがわかるなら苦労しないわ。

晴明 
古来より神憑りは女人と決まっています。古事記を暗唱した稗田阿礼も、雨乞い小町の小野小町も、舞で天岩戸を開いたアメノウズメノミコトの末裔。

式部 
そうかあ、小野小町はカミサマの生まれ変わりなのですね。

道長 
その小野小町の役割を、清少納言に頼みたいのだ。

納言 
わたくしは、カミサマの生まれ変わりではありません。それに、あ!やっぱりダメだ。雨乞い小町作戦は、うまくいかないわ。

道長 
今度はなんだ!

式部 
あ、わかった!小野小町は、だれもが旱魃であることを知っている時に雨乞いをした。つまり、みんなの祈りを代表して、みんなの祈りを集めて歌を詠んだ。

納言 
そう!

晴明 
そうか。神憑りはカミサマの依代であるだけでなく、人の祈りを集める依代でもあるのね。

式部 
ところが、今回は、月が動いていることは秘密。「月が遠くに行ってしまう」ことを、誰も知らない。だから、祈りは集まることはない。だから、奇跡は起こらない。

納言
そうです。そもそも、人が月をどうにかしようなんて、傲慢なのでは?

道長 
そんなことはわかっている。しかし、たとえ神罰を受けようとも、それでも、何とかするのが、俺の役目だ。

式部 
神罰を受けてまで何とかするって。しかも、人知れず。なんとも因果なお役目ですこと。

道長 
俺だって嫌だよ。しかし、俺は、天下人だからな。天下人とはそういうものだ。そんな家に生まてしまったのだからしかたない。とにかく、人には月は必要だ。月は感動をくれる。

納言 
え?感動

道長 
たとえ、神罰を受けて俺の命が消えたとしても、月がくれる感動は消えない。

納言 
感動感動ですか。(間)でも、ほら。月を読んだ名歌ならば、いくらでもあるでしょう?「このよをば わがよとぞ思ふ 望月の かけたることも なしと思へば」とか。

道長 
(まんざらでもない)清少納言から『名歌』と評されるのは嬉しいなあ。

式部 
やめてあげて。有名な歌が、すなわち名歌、では無いですう。

納言 
満月の夜の全能感を真っ直ぐに詠った良い歌よ。わたくしは好き。

道長 
清少納言よ、何か欲しいもの、ある?

式部 
ああ、さすがは先輩です。ほんとは、わたくしもあの歌が好き。「めぐりあひて 見しやそれとも分かぬまに 雲がくれにし 夜半(よわ)の月かな」

晴明 
これは紫式部の歌。百人一首より。

道長 
ん?百人一首?なんだそれは。(納言に)いや、歌ではない。歌ではないのだ。

納言
「月は有明の、東の山ぎはに ほそくて出るほど、いとあはれなり」

晴明 
バーイ 枕草子 第二百三十五段。あと、「月が綺麗ですね」はアイラブユー。

道長 
しかしな。これまでにどれだけの名歌があったとしても、それでも、月は動いている!

一同 しーん。

道長 
人は暗い闇夜に、輝く月を見上げて顔を上げてきた。月は希望だ。人の胸に灯る勇気だ。月は美しい。どうぞ、そのままいて欲しい。というような物語を書いて欲しいのだ。

納言 
でも、何故、物語なのですか?「目に見えぬ鬼神をもあはれと思はす」のは、やまとうた、和歌でしょう?

道長 
たしかにやまと歌は大和心を伝える言霊の結晶。しかし、結晶ゆえに、季語や本歌取りなど、知識人のみが知ることができることが多い。しかし月は万民の大切な存在。だから全ての人々に届けたい。月を見上げて親が子に話して聞かせる物語のほうが、多くの人々に届くであろう。

納言 
そうか。知識は届かなくとも、感動ならば、誰にでも届く。ですね。素敵

式部 
月を見上げて語る物語。書いてください。わたくしの光る君、清少納言先輩!

納言 
うーむ。定子様の叔父上、道長さまの頼みとあらば、書いてもいいかな。でも、ほんとうは、紫式部が書きたいんじゃないの?

式部 
それはそう!あー。いやー、わたくしは、うーん。でもー、ここは、やっぱり先輩が。

晴明 
どうでしょう。『清少納言と紫式部の二人が、月の物語を合作する』というのは。

納言・式部 
それは楽しそう!書きます!

道長 
あっさり!よし!決まった。よいか、書くのだぞ。女に二言はないぞ。

晴明 
その物語の作者は「不明」としましょう。そして、書かれた物語は、月の名誉のために「日本最古の物語」ということに。

式部 
え。これから書く物語を「日本最古の物語」にしちゃったら、詐欺になるのじゃありませんか?歴史修正主義者とかに、されちゃいそう!

晴明 
歴史とは、こうしてできるのです。古事記の神話も創作ですしね、

式部 
まあ「日本最古の物語」となるのですね。源氏物語にも書いちゃおうかな。

納言
あ、それがいいわ。「源氏物語」に書いてあれば、誰もが信じるわ。でも。月に届いたことを、わたくしたちは、どうやって知るのでしょう?

式部 
月の動きが止まる時ですか?でも、いつになったら、月は止まるのかしら。

道長 
おそらく、何十年も、いや、何百年も先かもしれぬ。無論、我らの命が尽きた遥かな未来。しかし、我らが死んでもこの世界は続く。だからその世界に託そう。

納言 
そうね。月を見上げた時の感動。その感動が続きますように。形にしましょう。

式部 
日ノ本中に広がるような、誰もが、月を見上げたくなる物語。

納言 
遥か彼方の月にまで、いつか、届くように。子どもも大人も、胸を躍らせる物語。

晴明 
月からやって来た、お姫さまの物語が良いかと。

納言 
かがやかしき姫の物語ね。

式部 
かぐわしき姫の物語よ。

道長 
おう、かぐや姫の物語か。

 

晴明 
「現存する日本最古の物語」とされる「竹取物語」は、「かぐや姫の話」として一般的に知られている。現在まで作者、正確な成立年は不明となっている」ウキペディアより。
今日、「かぐや姫の物語」を知らぬ者はいない。
それでも月は動いている。

     幕

※注
筒井康隆先生の「時をかける少女」以来、ラベンダーの香りはタイムトラベラーの必須アイテムとなっているらしい。


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