第1話、おむつ塚


おむつ塚には恐ろしくも悲しい、祟りの物語がある。

見てくださる皆様へ、まずはおむつ塚の話を語る事にしよう。


時は室町時代、一丁田中と呼ばれるこの場所には嫁入りの際、地頭へと挨拶に行かなければならないという慣習があった。

隣町に住むおむつという女性は例に漏れず嫁入りを前にして地頭への挨拶を控えていた。

おむつの母「あんたもようやく幸せになるのね。」

おむつ「本当にここまで育てて頂いてありがとうございました。」

おむつの母「ホントにいつのまにか大きくなって。----様によく仕え、夫婦二人で頑張っていくのよ。」

おむつ「はい。」

母との会話を終え、おむつは隣町にいた。

地頭への挨拶の際、持参する為の品を隣町へと調達に来ていたのだった。

夕刻となり帰りを急ぐおむつの耳に村人の会話が聞こえてきた。

村人「隣町でまた神隠しがあったっつーじゃん。」

村人「女ばっかりいなくなってるっつーだからあんたも気をつけろしね。」

この辺りでは年頃の女性が神隠しにあうという噂が至る所で囁かれていた。

日は傾き、あたりが徐々に暗くなる中、帰路を急ぐおむつ。何か言い知れぬ胸騒ぎを感じていたのだった。

翌日

地頭への挨拶を済ませれば晴れて嫁入りとなり夫婦として歩み出すことができる。

今日が地頭への挨拶の日

世話人の女とおむつの二人で手土産を持参し、地頭の屋敷へとやってきた。

聞いた話では二、三日、滞在する場合もあるという。

門番から、世話人は外で待つようにと言われ、一人で地頭の待つ屋敷に入るおむつ。

地頭はこの地域一帯の豪農であり、大きな蔵や広い畑などが庭の向こうに見えた。

おむつ「一丁田中の---に嫁入りを致します、隣町のむつでございます。」

おむつは声をかけ、地頭のいる襖を開け中に入る。

地頭の男「おう、お前がむつか。なかなかの器量良しだな。もっと近くにこい。顔を見せよ。」

おむつはもう一歩近くに寄り、うつむき加減で視線をそらしていた。

地頭の男はじっとりとした目でおむつを見ているようだった。

突然地頭はおむつの手を掴んだかと思うと奥の襖を勢いよく開ける。

激しい音とともに現れた奥の間には布団が敷かれていた。

慌てておむつは地頭の手を振り払おうとするが地頭は力ずくでおむつの着物の帯を解き始めた。

押し倒され地頭が馬乗りになる。

一瞬の緩んだ隙を見ておむつは地頭を蹴り飛ばし、大声で助けを求める。

外には地頭の手下や世話人が数名いたはずだが、一向に助けが来る気配がない。

ニヤリと笑う地頭

手下も世話人も知っているのだ。

ここで何が行われているのかを。

おむつはこの付近で女性だけが神隠しにあうという噂を思い出していた。神隠しにあった女性は二度と戻ってきていない、と。直感的にこの男が噂の中心にいるという事を感じた。

おむつは懐から小刀を取り出し、地頭に構えた。

地頭「誰かおらぬか!この女をひっ捕らえよ!」

その声の後、すぐさま地頭の手下が現れ、おむつの小刀を奪い、取り押さえられた。勢いよく倒された衝撃でおむつは気を失ってしまうのであった。


気がつくとおむつは暗い牢屋の中にいた。

太い木製の格子の先に蝋燭が灯っている。

両腕は腰の後ろで交差させられ、手首から肘のあたりまできつく縛りつけられていた。さらに口にも手ぬぐいのようなものをかまされ、後ろ側で縛りつけられているようだった。

やがて手下を連れて地頭が現れる。

手下はおむつを正座させ、石の重りを太ももへと据える。

女性の力では持ち上げる事を出来ないほどの平たく大きな石。

太ももを圧迫し、脛と膝は転がる小石がめり込み激痛が走った。

地頭「どうだ、むつよ。儂の相手をする気になったか?」

おむつは首を横に振る。

その瞬間背中に焼けるような痛みが走り抜けた。

地頭の手下が手にしていたのはしなりのきく木の棒。

–−−鞭だった。

痛みで霞みそうになる視界。

すぐさま冷たい水がかけられ、強制的に意識を戻される。

そしてまた地頭は質問する

「儂の相手をするか?」と


地獄のような長い一日が過ぎ、また翌日にも繰り返された。

地頭の拷問は三日に及んだ。

やがて地頭は首を縦に振らないおむつに憤慨し、手下に命じる。

「あの女を裏庭へ連れてこい。」


手下に引きづられるように裏庭へと連れてこられたおむつはやつれ、背中は爛れ、すでに別人のような様相となっていた。

おむつの目の前で手下は穴を掘り始めた。

すでにおむつの目には生気もなく一点を見つめることしか出来なかった。

やがてできた穴の前におむつは立たされた。

地頭は物も言わず顎で合図を出すと手下は持っていた棒でおむつの背中を思い切り打ち据える。

その衝撃で穴へと倒れ込んだおむつの上へ、地頭は壺から何かをばら撒く。

ウネウネと蠢く、大量の毒蛇や百足だった。

おむつはすでに立ち上がる気力もなく、倒れこみ意識を失った。

手下は掘り返した土をひとすくい、またひとすくいと穴の中へ放っていった。

そこには墓標が置かれることもなく、盛られた土が残るのみであった。


突然胸騒ぎに駆られたおむつの母。

おむつが地頭へ挨拶に向かってすでに五日が経っていた。不安で居ても立っても居られなくなった母は地頭の屋敷へと向かうのだった。

---地頭の屋敷にて---

地頭の屋敷の前の門番に母が尋ねる。

「五日前にこちらに挨拶にきたむつの母です。むつは今どこにいるでしょうか?」

門番「その女は無礼を働いた為、手打ちになった。屋敷の裏庭へ埋められておる。」

おむつの母は気が遠くなるのを堪え、裏庭へと向かう。


そこには畑の中にぽつんと土が盛られていた。


おむつの生き埋めにされた土が盛られていた。


毛が逆立つほどの狂気の顔に歪んだおむつの母は崩れ落ち、爪が剥がれるほど地を握りしめる。噛み締めた唇からは血があふれていた。

握りしめた手には地面に散乱していた栗が握り締められていた。


「おのれ地頭め!おむつよ、地頭が憎いか!憎いのならこの栗の数だけ地頭を呪え!祟り殺せ!」

母は手に持った栗を辺りへばら撒くと、そのまま生き絶えたのだった。


それ以降地頭は奇妙な現象に悩まされることとなる。

夜中寝ていると、突然金縛りにあい、天井が徐々にせり出し迫ってくるのだ。

どうにか金縛りのなか手下を呼ぶ。

だが、手下が現れると同時に天井は元どおりに戻っていた。


また、ある日は手篭めにした女を床へ連れ込んでいると突然毒ヘビが布団から出てくる。

慌てて刀を手に取り毒ヘビを切り捨てる。

だがふと見るとそこに死んでいるのは手篭めにした女性であった。


いよいよ地頭は気が狂い、屋敷の家来、家族を切り捨て、最後には狂い死にするのであった。

残っていた地頭の子孫も変死が続いた。

江戸時代に入り、祟りを恐れた子孫はおむつの盛り土に地蔵を置き、供養するようにしたが祟りは消えなかった。

それならばと、さらに地蔵を置き、やがて夥しい量の地蔵がおむつ塚に置かれることになった。

だが結局おむつの祟りは止めることが出来ず、ついに地頭の子孫も途絶える事になるのだった。


おむつの死から数百年も経った今でも

この場所には祟りが残されていると

噂されている。


−−おむつ塚調査編へ続く


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