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小手毬の咲く頃に

神経科学では「条件反射」のように、複数の異なる刺激を関連させる学習記憶のことを「連合記憶」と呼びますが、この季節に花を付けるバラ科の低木「小手毬(コデマリ)」は、私にとっては作家の「庄司薫」と結びついていました。中学生になって読んだ「薫くんシリーズ」の『白鳥の歌なんか聞こえない』の中に、薫くんのガールフレンド由美の女子大の先輩である小沢圭子のおじいさんの家に「小手毬の垣根」があると描かれていたのでした。インターネット検索前の時代だったので、いったいどんな花なのだろうという疑問符が残ったまま読み進めました。白い小手鞠の花の実態を知ったのは、随分あとのことになります。なんとも愛らしいその姿は、『白鳥〜』の小沢さんをイメージさせ、そのたびことに「薫くんシリーズ」のことを思い出すのでした。学園紛争を本で学んだ中学生の自分のことも。

「教授」という愛称で呼ばれる坂本龍一が3月28日に亡くなりました。その話題がネットに上がったのは4月2日でしたが、季節は桜から小手毬に移り、小沢さんのおじいさんの死が折り込まれた『白鳥〜』に象徴的な白い小手毬には、さらに坂本龍一が連合することになりました。

人の死は他の人の死を思い起こさせます。1999年の4月11日に、大切な友人であった梅園和彦さんが自ら命を断ちました。西行が好きだった梅園さんの葬儀が京都の高台寺で行われたのは、ちょうど満開の桜の季節でした。あたかも「願わくば花の下にて春死なむ その如月の望月の頃」に合わせた時期を選んだかのような梅園さんからは、様々な研究のことだけでなく、志村ふくみやら、河鍋暁斎やら、白洲正子やらを学びましたが、梅園さんが亡くなってからしばらくの間、桜が咲くたびに心が痛みました。その後、温暖化で桜の開花時期がどんどん早くなり、季節という文脈が失われたためか、桜と梅園さんの連合記憶は弱くなりつつあります。

「教授」が亡くなったのは癌の闘病の末のことでした。最初の中咽頭癌は2014年に公表。2020年には再度、直腸がんや他の転移も見つかり、手術を繰り返していたとのこと。そのような中、昨年9月に8回に分けて収録され12月に配信されたピアノソロコンサートを中心として編集された1月5日のNHKの番組が、急遽、4月4日の夜に放映されました。「もう、通しで人々の前でコンサートを行う体力は無いが、少しずつ収録してもらって、編集した形でお届けする」と話されていました。「調子の良いときに、少しずつ日記を付けるように音を譜面にスケッチする」という話はアーティストらしいエピソードでした。絵を描く方と同じなのですね。

映画としての『戦場のメリークリスマス』は、あまり好きにはなれませんでしたが、独特の和音とメロディが耳に残るテーマ音楽は、いつまでも生き続であろう名曲です。ピアノ曲にアレンジされ直したものを、美しく弾くのであれば、もっと才長けたピアノ弾きが多数いるでしょう。でも、自らの死を意識するようになった「教授」が作曲者として弾いた「Merry Christmas, Mr. Laurence」は気持ちが震えるものでした。

「教授」が東日本大震災後、東北地方に大きな関心を向けていたことは知っていましたが、実は、亡くなる2日前の3月26日、自身が代表や監督を務めていた「東北ユースオーケストラ」の演奏会が開催されていたのでした。オンラインで視聴した後に、出演者をねぎらうメッセージを送っていたとのこと。あたかも演奏会を見届けて安心できたことで、自分自身を見守る神様に対して、「もう、十分やりつくしたと思って良いですよね?」と訊いたのではないかという気がします。どうか安らかにお休み下さい。合掌。

角野隼人さんがアップライトピアノで弾くaquaを貼り付けておきます。もう一つこちらも(下記)。RIP。


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