「女子大生の日」登録イベント
昨日、8月21日を東北大学より「女子大生の日」として日本記念日協会に登録したことを記念したイベントを行い、100名以上の方にご参加頂きました。有難うございました。概要は以下のリンク先をご参照下さい。サムネイルは今回使ったzoomバーチャル背景♫
「女子大生の日」登録の経緯
ウェブ上に「8月16日が女子大生の日」という記事が散見するようになり、その日は実は情報リークの日なので、正式に「官報」に掲載された8月21日を正式な日として、日本で最初に女性の入学を許可した東北大学より登録した次第です。
歴史的経緯についてご講演頂いた史料館の加藤愉准教授によれば、当時は「合格発表」などは無かったそうです。日本で三番目の帝国大学として設立された東北大学では、広く優秀な人材を求めるために、「門戸開放」の理念のもと、「傍系入学」を認めた結果、高等女子師範学校の卒業生や、高等師範免許保持者も入学できるようになったことが、初めての「女子大生」入学に繋がりました。東北大学は設立時よりダイバーシティの重要性を認識していたということですね。
黒田チカの足跡
最初の3名の女子学生は、黒田チカ、丹下ウメ、牧田らくという方々で、いずれも理学校(理学部)に入学、黒田と丹下が化学、牧田は数学の専攻でした。つまり、日本で最初の女子学生はいわゆる「理系」だったことになります。イベントでは黒田の義理の孫に当たる黒田光太郎名古屋大学名誉教授にも、黒田チカの生い立ちから入学後のキャリアパスまでのお話しを頂きました。
黒田先生のお話の中で印象的であったのは、チカの育った佐賀という土地の当時の新進的な空気、東京への進学を認めた家族、高等女子師範学校に非常勤で講師を務めていた東京帝国大学の長井長義や、入学後もチカをエンカレッジし続けた眞島利行(東北帝国大学理学部教授、のちに理化学研究所)等のおかげで、日本で最初の女子大生、2番目の女性博士が誕生したということでした。長井や眞島のようなメンターに恵まれたことは何よりでした。サムネイル画像に配した画像は本学発祥のキャンパスの本部棟ですが、左側にある銅像が眞島利行です。
丹下ウメと牧田らく
当時、研究を続けるには女性は結婚できないということが不文律だったという話は残念な歴史ですが、確かに、日本女子大学校でキャリアを続けた丹下も独身。丹下ウメの伝記はこちら。
一方、牧田は洋画家、金山平三という方と結婚してアカデミアから退きます。牧田らくについては以下のブログに詳しく載っています。
メディア掲載クリップ
ミヤギテレビ:宮城・東北大学 「女子大生の日」登録記念イベント(2020.8.21. 19:00)(今なら動画が見られます)オンライン開催のため、取材も完全リモートというのが新しいスタイルでした♫
河北新報:「女子大生の日」意義学ぶ オンラインで東北大催し、黒田チカの孫記念講演(2020.8.22)
河北新報:「女子大生の日」ホントはきょうなのに・・・ 日付誤認の理由は?(2020.8.21)(国立公文書館が8/16にツイートしたことなどに触れています)
河北新報:21日は初の「女子大生の日」 東北大が記念イベント(2020.8.21)
佐賀新聞:女子大生の日(2020.8.21)(黒田チカの地元)
共同通信:21日は初の「女子大生の日」東北大が記念イベント(2020.8.21.16:57)(同様の記事は全国の紙面に)