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加齢精子は次世代の多様性を増す

2020年の年末から2021年の年始は、発達障害のメカニズムに関するいくつかの論文(末尾参照)が続けて受理され「刈り取り期」となった。そのうちの1つ(EMBO Reports, 2021)に焦点を当てながら、背景と展望を記しておきたい。本稿は、すでにNewsPicksに掲載された記事「【最新】父親の加齢は子どもにこう影響する」を補完するものなので、合わせて読んで頂くことをお勧めする。(画像は公開されているCell Image GalleryのEgg and Sperm! Image of the Week - May 7, 2018より拝借。大きな卵子と小さな精子の画像。)

疫学的背景:高齢出産の問題

日本は少子高齢化の先進国である。感染症等が激減したことにより寿命が伸びたことが高齢化の原因であるが、少子化の直接的な原因は、晩婚化が進んだことによる出産年齢の上昇だ。

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高齢出産は、妊娠率の低下や流産のリスクの上昇などの問題がある。「卵子の老化」については2012年にNHKの特集番組としても取り上げられた。

高齢出産の問題は、妊娠できるかどうかだけではない。例えば、ダウン症については古くより母親の年齢との相関が知られている。では、父親側の問題は無いのだろうか?

実は、日本ではメディアであまり取り上げられてこなかったが、父親の加齢は子どもの神経発達障害(ここでは「発達障害」と略す)のリスクを上げるという疫学調査がある。発達障害の1つである自閉スペクトラム症(ASD)と両親の年齢について行われた、もっとも規模の大きい「メタ解析」(Mol Psychiat, 2016)では、母親よりも父親の加齢の方が子どものASDのリスク増加に大きく関わることが示されている。

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実際、ASDの子どもは年々増加しており、米国では1/59の頻度と見積もられている(CDCのデータを元にしたSafeMindサイトより)。

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人間のデータからわかるのは「相関性」であり、多数の交絡する因子もあるので、我々はマウスを用いて、実際に因果関係があるのかを調べることにした。ちょうど東日本大震災後に始めたプロジェクトだった。

父加齢は仔マウスの多様性を増加させる

まず最初にまとめた研究成果は、父親から遺伝的なASDリスク(この場合はPax6という遺伝子の変異)を受け継ぐ仔マウスが、どのような症状を示すのかに、父側の加齢が影響するというものだった(PLoS ONE, 2016)。このときの「加齢」は、マウスでは12ヶ月超えで、ヒトで40代後半から50代に相当し、ちょうど上記の図で、子どものASDリスクが上昇するあたり。

この成果をもとに、次に野生型のマウスを用いて、父加齢の影響を調べて、仔マウスの音声コミュニケーションの異常、成体マウスの空間学習の低下と感覚フィルター機構の異常を見出した(プレプリントとして公開:bioRxiv, 2019)。

ちなみに、仔マウスは母マウスから引き離されると、人間には聞こえない超音波帯で鳴く(ultrasonic vocalization, USV)。この鳴き声を聞くと母マウスは仔マウスを探して巣に連れ戻す養育行動を示すので、仔マウスのUSVは赤ちゃんの泣き声に相当する母子間コミュニケーションと考えられている。のちにASDと診断される子どもの泣き声が定型発達の子どもと異なることがあることは臨床的に知られている。

加齢父由来仔マウスでは、単純な鳴き方が増え、複雑な鳴き方が減っている。(図は東北大学からのプレスリリースより引用)

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さらに、まだ論文化はできていないが、我々はAI解析により、仔マウスのUSVの生後発達過程を詳細に調べ、加齢父マウス由来の仔マウスでは、①USV数の低下、②USVのバリエーションが低下することを見出した。また、若齢(ヒトの20代に相当)父マウス由来の仔マウスでは、最初はいろいろな鳴き方をしていたものが、徐々にパターンが似てくる「収斂」傾向を示す(つまり「定型発達」を示す)のに対し、加齢父由来仔マウスではそうではなく、「非定型発達」を示す個体が多いこともわかった。つまり、父の加齢によって、仔マウスには「多様性」が増すといえる。この研究成果は現在、プレプリントとしてまず公開し(bioRxiv, 2020)、論文投稿の戦いを続けている段階だ。

では、父加齢の影響はどのようにして子どもに伝わるのだろうか?

遺伝子変異 vs エピジェネティック変異?

命は精子と卵子に由来する。すなわち、次世代個体の遺伝情報の半分ずつが精子と卵子から受け継がれる。卵子は胎児の間に数百個の卵母細胞が作られて、途中の段階で休止状態となって、排卵ごとに成熟して放出されるのに対し、精子は精子の幹細胞(精祖細胞)が分裂して自己複製し、さらに精母細胞を経て膨大な数として産生される。このとき、精子幹細胞が多数、分裂するため、加齢とともにDNA合成時の「コピーミス」が増える。このような遺伝子変異は「de novo変異」として子どもに伝わる。

つまり、年齢を経るに従って、卵子はずっと休眠状態として老化していくのに対し、精子は放出されるたびに「フレッシュ」だ、というイメージは実は間違っている。

2012年にNature誌に掲載された論文では、実際、ASD患者にみられるde novoの変異の多くが父親由来のものであり、その変異は父親の年齢が上がるほど蓄積される(試算によれば1年に2塩基ずつ変異)ことが示された(Nature, 2012)。しかしその後、高齢の父親に由来するde novo変異の、子どもの精神疾患リスクへの寄与率は10~20%に留まるとの解析結果が報告された(Nat Genet, 2016)。

そこで着目されるのが精子の「エピジェネティック変異」である。

「エピジェネティック(epigenetic)」とは、「遺伝的な(genetic)」に対応する生命科学用語で、「epi」は「上・後」を意味する接頭語。つまり、「遺伝情報に上書きされた情報」を意味する。遺伝情報は「ACTG」というDNAの4種類の塩基の並び方を元にしているが、エピジェネティックな情報は、DNAの「メチル化」という化学修飾や、DNAの二重らせんが巻き取られている「ヒストン」という糸巻きのタンパク質の化学修飾を元にしている。

米国のASDのお子さんを持ったご家族の協力を得た調査によって、父親の精子のメチル化の変化と、子どものASDの様態に相関性があることが報告されていたので(Int J Epidemiol, 2015)、我々もまずマウス精子のメチル化について解析することにした。この研究は、加齢医学研究所の松居靖之先生のCREST研究を介する形で、全ゲノムメチル化解析のエキスパートである東京農業大学の河野知宏先生との共同研究として行われた。2015年のことであった。

若齢および加齢精子のDNAメチル化様態の比較から浮かび上がったのは、加齢精子に特徴的な96ヶ所の「低メチル化」であった(高メチル化は16ヶ所)。解析したのは精子DNAのサンプルであったにも関わらず、このような低メチル化は、神経機能等に関わる遺伝子領域に関係する部分に認められた。

さらにバイオインフォマティクス解析の結果、共通項として浮かび上がったのは、神経発生に重要であることが知られていたNRSF/RESTという因子との関係であった(この部分については、当時、九州大学(現京都大学)の沖真弥先生にお世話になった)。NRSF/RESTという因子は、神経幹細胞で働いており、その機能が失われると、ヒトでもマウスでも小脳症を呈するようになる。つまり、重篤な神経発達障害が引き起こされる。

実際、我々の父加齢モデルでも、脳構築の異常が認められたため、さらに胎仔期に遡って、その発生プログラムがどうなっているか調べたところ、微妙な変化の共通項として、加齢父由来仔マウス胎仔脳では、①神経発生プログラムが、いわば「端折った」状態になっていること(precocious neurogenesis)や、②NRSF/RESTが結合する標的遺伝子の働きが異常に強まっている(leaky expression)ことがわかった。

つまり、精子DNAの低メチル化と、NRSF/RESTの働き方の異常が、結果として、次世代個体における胎仔脳の発生プログラムを撹乱し、脳構築が異常となって、行動の異常に繋がっているというシナリオが考えられる。

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我々は、実際に若齢雄マウスに低メチル化を誘導する薬剤を投与し、その効果についても検証している。これらの結果について、1月5日にEMBO Reportsという欧州分子生物学機構(EMBO)のオフィシャルジャーナルに発表することができ、また、インパクトのある論文として、東北大学やEMBOからプレスリリースされた。

進化的考察(あるいは妄想)

本稿は「発達障害の増加」を導入としたが、もう少し生物学的見地からフラットに考えてみよう。「障害」という用語はマイナスのイメージが強いが、これを「ニューロダイバーシティ(神経多様性)」と捉えてみたい。なぜなら、ダビンチにしろ、ニュートンにしろ、アインシュタインにしろ、名だたる天才と呼ばれる人物のエピソードからは、そのような人々が「非定型発達」な特徴を示すことが知られているからだ。拙著『脳からみた自閉症 「障害」と「個性」のあいだ』(講談社ブルーバックス)にも記したように、研究者に向いている資質には、社会性に欠けていても何かに没頭できることなど、非定型な神経発達様態がある。

現生人類に至る過程で、脳の容積は増していった。この事実は、人間が高い知性を有する前提条件になっていることは間違いない。サイズの大きさだけなら、ゾウやクジラの方がヒトよりも大きな脳を持つので、サイズが大きいというよりも、体との比が重要であり、またもしかしたら、神経細胞よりもグリア細胞の割合が増えたことも重要かもしれない。詳しくは拙著『脳の誕生 発生・発達・進化の謎を解く』(ちくま新書)を参照のこと。

人類の進化の過程で、寿命がどの程度変化したのかについては、ほとんどエビデンスが無い。劣悪な栄養状態や感染症のために、多くの人類は早死にしていたと想像できるが、中には長生きした男性もいただろう。筆者は、そのような高齢の男性が、次世代へのエピジェネティックなメカニズムにより、人類の文化的進化に貢献したのではないか、という妄想を抱いている。厳しい環境にあった古代の人々を導いたリーダーは、ニューロダイバーシティの中から生まれた可能性があるのではないだろうか。さらに遡れば、約7万年前に「出アフリカ」した集団を率いた人間は、他の人間とは異なる考え方を持っていたのではないか。つまり、多様性は進化の過程で重要な鍵となる。

次世代の個体が発生するためのほぼすべての初期の部品は、直径100 μmの卵子の中に格納されている。だが、発生プログラムを進めるための遺伝情報は、母親由来の半分であり、残りの半分は、たった数μmの精子に由来する。片方の親のゲノム情報だけでは、発生は進まない。卵子が命の継承にとって根源的に重要な細胞であるのに対し、多数の分裂を経るという性質故に、精子は遺伝情報の多様性をもたらす原動力である。そこに加えて、エピジェネティックなレベルでも多様性が生じる可能性が高いと筆者は考える。

現代社会は、より多様な人々で構成されている。多様性への配慮は様々なレベルで、より重要になっていると言えるだろう。

最後に、本研究が論文の形で結実するには長い年月がかかった。その間、筆頭著者として関わった吉崎嘉一さん(現愛知県心身障害者コロニー発達障害研究所)、第二著者の木村龍一さん(現京都大学創薬医学講座)他、現ラボメンバーに心から感謝したい。

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参考資料

最近の発達障害メカニズム関連論文。

うまくサムネイルが出ない本論文(Yoshizaki et al.: Paternal age affects offspring via an epigenetic mechanism involving REST/NRSF. EMBO Reports, 2021)。

最後のものは、内分泌攪乱物質(ビスフェノール)の母体内で暴露によるASDモデルマウスで、その影響に雌雄差があることを示した共同研究論文。ジェンダードリサーチは今後の方向性として重要視している。

本研究は文部科学省科学研究費新学術領域の支援のもとに行われました。

東北大学プレスリリース(日英):

NewsPicks記事:


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