千田の犬の "しっぽ" について
「そこに犬の絵を描いてください」
銃口を頭に突きつけて描写を強要したら、十人が十人とも、その犬に尻尾を付けることは忘れないだろう。まず頭があり、次に耳。胴体からは四つの足と、一本も尻尾が伸びている。
画力や表現力に差はあっても、おおむね上記の構成が守られるはずだ。
絵が得意な人は助かりたい一心でいつもより上手に描こうとするかもしれないし、絵心に自信のない人は筆先を紙に触れてから首をひねり、いちど背筋を伸ばして残りの九人の様子を伺うだろうか。
そういう差異はともかくとして、結果的に描かれるその犬には必ず尻尾が付いている。8,000年以上も前に描かれた壁画の犬にも、やはり尻尾がついているらしい。繰り返すようだが、犬といえばやはり尻尾だ。
では、命令文を変えてみよう。
「千田の犬を描いてください」
この要求に対して、尻尾つきの絵を出力する人はどれくらい居るだろうか。そこに十人が居たとして、少なくともひとりは——もしかすると八人くらいは——尻尾を描かないのではないかと思う。
というのも、千田のもとに届く千田の犬の絵はいつも、ベロを強調した顔面のクロースアップが多い。
どうやら千田の犬にあまり尻尾のイメージは無いらしい。
前置きが長くなったが、千田の犬の尻尾の話をする。
犬の尻尾は16センチ
この文章を書くにあたり実際に測ってみたところ、尻尾の全長は16センチメートルだった。予想より遥かに長い。身近なもので喩えるなら、一万円札紙幣の横幅くらいだ。新幹線で移動する場合の所要時間は0.00192秒となる。1ミリ秒とて侮ることなかれ。クリス・ブッシャーは0.001秒差でレースに負けた。より速く、無駄を削ぎ落とすためには咳ひとつ許されない世界。そういう魂の削り合いとは無縁の呑気な毛の塊が、16センチの尻尾を携えている。
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