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ペペロンチーノ禁止令
犬を飼っているとペペロンチーノが食べられない。——というのは過言だが、犬を飼い始めてからペペロンチーノをあまり作らなくなった。
生まれてからこのかた動物を飼ったことはなかった。実家はマンションだったので、生き物といえば早起きの蝉と夜更かしの金食い虫くらいだった。28歳で急に小型犬を飼い始めた。何の前触れもなく突如として発生した、ひとまとまりの毛の塊。
なにも世界はこいつ中心で回っているわけではないが、彼は確実にこの世界の中心周辺をちょろちょろと走り回っている。
犬には犬の、猫には猫の部屋を
最初は犬でも猫でもよかったし、どちらかといえば猫の方に憧れがあったが「猫は部屋全体を猫仕様にしなければいけない」という理由から消去法で犬にした。犬なら部屋の犬仕様も床だけでよいからである。
あと喧嘩しても犬なら勝てるから。確実に勝てる。猫ならどうだろう分からないが、犬ならなるほど絶対に勝てる。はっけよいのこった。ふわりと持ち上げ、ぽいっと放り投げる。中指を突き立てれば戦意喪失して情けなく屈服するだろう。千田に白星。横綱昇進である。猫ってほら、実質ライオンじゃん? 野生のポテンシャルを持ってるから猫相手はかなり苦戦するだろう。しかし犬なら——。犬なら戦っても問題ない。
閑話休題。喧嘩の話はやめよう。文字数を割きすぎた。説明一切不要。なんにせよ犬相手なら絶対に勝てるんだから。
部屋の犬仕様について。別に大したことはしない。トイレの場所を決めておしっこシートを敷く、来てほしくないところに柵を立てる、カーペットでフローリングの露出をゼロにする。
犬を飼っていない人に説明(あるいはアドバイス)をするならば、あとは「洗濯をする覚悟」があれば完璧。犬は部屋でもおしっこをするものだという人類史上最悪の前提を暮らしにインストールすれば、苦痛を感じず犬との日常を送ることができる。この世界は洗濯機と共に回っているのだ。
妖怪・床舐め
狭い賃貸住宅に住んでいる。「なんLDK」の「LDK」の部分に犬が居住している。したがって、キッチンのすぐ後ろが犬のトイレだ。我々は不覚にも "背しっこの陣" で調理している。
炊事をしている人間の足元を、犬が尻尾を回し長ながらウロウロする。ストーカー規制法の抜け穴を、ちびっこい身体ですり抜けてくる。勢いよく愛嬌を振り撒けば、白菜の欠片や一粒の米を与えてもらえる甘さを知っているからだ。
揚げ物をする際には念の為に柵を立てて隔離するが、調理後、その柵が上がるやいなや競走馬のように駆け出してキッチンのフローリングをいじきたなく舐め回す。
最初は意味が分からずに「妖怪・床舐め」と恐れていたが、次第にそれは鍋から飛んだ油に夢中らしいことがわかる。幽霊や妖怪の類は科学的な説明の付与と引き換えにその姿を消すのがセオリーだが、因果関係が判明してもなお「妖怪・床舐め」はたしかに質量のある物体としてキッチンに出没する。
揚げ物のあとはすぐに床を拭くようにしているし、ごく少量の油はさして悪影響が無いそうだ。飛び散ってしまった目に見えない油は、これ以上除去できない。曰く少量なら問題ないらしく、実際にこれまで油が原因で体調を崩したことはないが、やはり一抹の不安は残る。
炊事後——とくに揚げ物のあと——はこうなると割り切るしか無いが、そうなると新たな問題に向き合わなければいけない。「犬がキッチンに落ちている有機物の味を学習してしまった」ということだ。
ペロッ…… 青酸カリ!
一年に一度くらいの頻度で「こんなの初めて食おうと思った人すごいね」という言葉に出くわすが、おそらくこの発想は間違っている。
まず何でも口に入れる狂人が居て、次にセーフだった奴だけが生き残るのだ。この過程でウニや納豆は食べられるという検証結果が残るのである。普通にトリカブトを食って普通に死んだ奴、普通に毒キノコを食って普通に絶命した奴の死体の山々の上に、私たちの食文化が舗装されている。鋭い賢人がひとり居たのではなく、うるさそうな馬鹿がわんさか居たのだ。
犬は後者だ。圧倒的に後者である。
奴の食への興味は、男子中学生の性欲みたく底抜けに情動的だ。イヌのように狂った勃起男子中学生なら、うんこであっても美人のならば食べられるだろうが、犬の体はさして頑丈ではない。
以下、一般的に犬が食べてはいけないものを紹介。
・チョコレート
・キシリトール
・ブドウ
・ねぎ類(玉ねぎ、長ねぎ、らっきょう、にら、ニンニクなど)
・アボカド
…など
当たり前すぎて紹介しなかったが青酸カリも毒である。また、カプサイシンの含まれる唐辛子なども当然食べられない。
ペペロンチーノ禁止令
ようやく本題に移る。ペペロンチーノという料理は犬にとって毒のアベンジャーズだ。唐辛子、ニンニク、そして理性を大槌で殴るような過剰な塩分、これら全てが溶け合った油。すべてが毒である。
彼専用のハリネズミのお皿にペペロンチーノを丁寧に盛り付けて——などは論外。もちろん直接提供することはない。しかし奴はキッチンの傍を徘徊し、犬視眈々とこぼれた食材を狙っている。
乾燥した鷹の爪のカケラが落ちていたら? ニンニクが鍋の中で弾けて床に飛んだとしたら? 普通に二足歩行してフライパンから直接つまみ食いしたら?
あらぬ不安が広がっていく。皮脂で汚れた眼鏡のレンズを無理やり拭いたときみたいに、うっすらと視界が曇っていく。
仮に調理場を完璧に隔離できたとする。しかし手に染みついたニンニクの香りはいつ取れるのだろうか。唐辛子に匂いないが、水洗いで完全に除去できているのだろうか。次に犬に触れるのはいつ? あした? あさって? それとも。
これは自制心の問題ではない。人間から触らなくとも向こうが無許可で舐めてくる。寝込みを襲って手のひらをびちょびちょにしてくる。先にも述べたが奴はストーカー規制法の抜け穴を、ちびっこい身体ですり抜けてくるのだから。
以上の理由から我が家では本格的なペペロンチーノは禁止となっている。
世界の中心から遠く外れたところで生活している僕は、湯煎したパウチのレトルトを指でぐーっと押し出してパスタに和えている。
🐕おわり🐕
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