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アンドロイド転生1188
2127年3月22日
つばさ幼稚園 園舎にて
チアキは目の前の女性を見つめた。誰が見ても可愛らしい。サクヤが連れてきた人だ。
「お名前を伺っても宜しいですか?」
「ユウキリン(結城凛)です」
「サクヤ先輩とお付き合いしてるのですか?」
「ええ」
「そうですか。とてもお似合いです」
「有難う」
チアキは彼らをジッと見つめた。本当にお似合いのカップルだ。若い2人。瑞々しい18歳の人間達。たった今も彼らの肉体は成熟に向かって細胞が総動員しているのだろう。
私とは…違う。機械と人工物の身体。25歳モデルは永遠だ。そして彼らはいつか私を追い越していく。2人は成長してやがて老いていくのだ。人間だから当然だ。それが…羨ましい。
サクヤとリンは笑い合いながら園舎内を見回している。園長のユウサクは大喜びでいちいち指を差して説明をしていた。傍には妻のトモミがいてやはり満面の笑顔だ。
やがて4人は去って行った。元ナニーで保母仲間のユキが満足そうに微笑んでいる。
「サクヤ様をお育て出来て幸せなのに、あんな姿まで見れて私は嬉しいです」
チアキは頷けない。それどころか胸だか…どこかの回路なのか…それとも自我が芽生えた心なのか。確かに痛みを感じた。彼女はサクヤに恋をしていた。だが秘めた想いなのだ。
・・・
つばさ幼稚園 本宅にて
幼稚園の案内を終え、本宅に戻ったリンは夕食に招かれてまた有意義な時間を過ごした。やがてお開きになるとサクヤはリンを家に送り届け、戻って来ると父親の書斎をノックした。
「ん?どうした?」
「あのさ。頼みがあるんだ」
「うん?」
「遺伝子検査に承諾のサインが欲しいんだ」
サクヤはリングを操作して遺伝子検査申込書のホログラムを立ち上げた。ユウサクは納得した表情を浮かべた。そうか。ついにこの日が来たか、と。息子は大人になろうとしている。
この時代は若年者でも容易に親になる。手厚い福祉制度と子育てがしやすい環境なのだ。しかし「性行為」をする前に遺伝子検査をする事が当然だ。それは幼い頃から叩き込まれる。
現在は人口の1/4は遺伝子バンクを通じて命が誕生するようになった。その為、偶然巡り合った相手が兄弟姉妹である可能性も否定出来ない。だから行為の前に相手を知る事が重要だ。
それに検査の結果は健康状態の把握にも役立ち安心だ。更に2人の遺伝子情報を照合することで、生まれてくる子供に遺伝性疾患のリスクがあるかどうかも事前に知ることができる。
まさに転ばぬ先の杖、安心を手に入れるための手形だと言えるだろう。しかし未成年者が検査を受けるには保護者の承諾が必要となる。だが若者たちは親に頼むのをためらうものだ。
「これからします」と宣言するようなものだから、言い出しにくい気持ちも理解できる。とはいえ検査前に性行為に及ぶ者はいない。幼い頃から叩き込まれた教えを誰もが守っている。
たとえその場の雰囲気が盛り上がっても理性を失わない。遺伝子検査をせずに事を進めてはならない。それはサクヤも守ってきた。そして今日、彼は決意した。大人になるのだと。
ユウサクが遺伝子検査申込書にサインしたのを確認し、サクヤは微笑んだ。
「有難う。ま、いつになるか分かんないけどさ」
「好きにしろ。リンちゃんを大事にしろ」
サクヤは再び感謝の言葉を述べて父親の部屋を出た。嬉しそうに鼻歌を歌いながら、足取りも軽く廊下を歩く。さて、いつ検査に行こうか。そうだ。リンを誘ってみようか。