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アンドロイド転生1163

2126年12月5日 午後
サキの作業部屋にて

「ママ。1個当たりの原価は850〜1,250ペイだよね。売価は1.5掛けだよね。労働時間を換算すると利益が少ないけどいいの?」
ノアは計算が得意だ。

普段は全く普通の幼稚園児なのだが数字となると俄然能力を発揮する。父親と株式のチャートを見るのも好きだ。一体どんな大人になってどんな職業に就くのだろうと親達は思う。

サキは作業をしていた手を止めて微笑んだ。
「いいの。作る工程が楽しいし、お客様が喜んでくれる事が嬉しいの」
「そっか!」

サキは浜辺でガラスを集めてシーグラスアクセサリーを作るのだ。彼女の手によって、ピアスやイヤリング。ネックレスなどに形を変えていく。それには熱烈なファンがいるのだ。

だが5ヶ月も離れていた。客に詫びるつもりで近況報告を自身のホームページに載せると大きな反響があった。誰もが同情し、好意的だった。そしてサキの回復を心から祝福していた。

しかもいつまでも待っていると言う応援。それが嬉しかった。見知らぬ人の言葉が支えになる事もあるのだ。仕事は1週間前から再開した。体調を鑑みながら細々と作業をしている。

ノアがサキの手元をジッと見つめている。
「ん?どうした?」
「緑色がたくさん…キレイ…」
「うん。これは夏の葉っぱのイメージね」

サキは制作途中のネックレスを掲げてみせた。陽の光に透けるとまるで若葉のようだ。
「ママのお仕事はイメージなの。明るいお客様はピンクとか…静かな人はブルーとか」

ノアは頷いた。どうやらその説明で納得したようだ。実際はもっと深く客の要望を掘り下げて様々な色合いや形で作り出していくものだが子供には簡単で良いだろうと判断した。

サキは微笑む。
「ママはこのお仕事が出来てホントに幸せ。お客様が笑ってくれるし。綺麗っだって…大事にするねって言ってくれるの。凄く嬉しいの」

ノアも微笑む。なんたって親から「幸せ、笑う、綺麗、大事、嬉しい」そんな前向きな言葉が聞けるのだ。子供は大人が思うほど幼稚ではない。多くを理解する事が出来るのだ。

作業を再開するとノアはまだ見つめている。サキはおや?と思う。いつもはいっときもジッとせずジャンプばかりしているのに。
「どうしたの?見てても楽しくないでしょ?」

ノアは小首を傾げる。自分の想いを説明するには幼いのだ。語彙力が足りない。だから一言。
「楽しい」
「そう?」

ノアの想い。母親が病気になった。心配だった。不安だった。悲しかった。寂しかった。でも回復した。家に帰って来た。今は仕事をしている。楽しそうに。だから嬉しい。幸せだ。

全てを上手く伝える事が出来るようになるにはまだ数年は必要だろう。サキがまた作業を始めるとノアは母親の手元をただ見つめる。穏やかで静かな時間。2人は幸せを噛み締めていた。

「ねぇ?ノア?」
「なぁに?」
「いつか大人になったら人を笑顔にする仕事をしてね。それって自分も笑えるの」

ノアは成程と思う。人が悲しいと自分も悲しい。笑顔は笑顔を作る。幸せになる。ノアはこの時間に心理的成長度が高まったようだ。
「分かった」

部屋がノックされて応答すると父親だ。
「お姫様達。シュークリームが出来たぞ〜!」
ノアの心は途端に舞い上がった。ジャンプする。その姿はやはり6歳の幼子だった。


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