アンドロイド転生1145
2126年7月9日 午前9時
目黒総合病院 クリーン病棟 サキの個室にて
心理セラピストのアイはサキの背を撫でていた。
「気持ちいい…有難う…」
サキの表情は穏やかだ。シオンの骨髄採取が無事に済んだと聞いて活力が湧いたのだ。
移植前処置の副作用で高熱が続き食欲も皆無だった。だが昨晩から少し熱が下がり、少し食事も取れた。嘔吐も下痢もなく僅かでも力がついたのだ。サキもアイも嬉しかった。
するとアンドロイド達がやって来た。医師とナースだ。医師がサキのバイタルや体調を確認し、問題がないと判断した。
「これから移植を行います。宜しいですか」
サキが頷くとナースが点滴を見せた。シオンから骨髄液を1200㎖程採取したが100㎖に濃縮されていた。胸が高鳴る。これが自分の命を救うのだと思うと身が引き締まる思いだ。
ずっと健康優良だったのにまさかの癌だった。即刻入院。両親が来て、シオンが来て、娘とは会えなくなった。そして副作用に苦しむ毎日。たった10日の間に何と色々な事があったのだろう。
「移植は私達の監視の元で行われます。急変に備える為です」
「注目の的ですねぇ…ハハハ」
サキの細い腕に針が刺さった。
すると見守っていたアイが囁いた。
「サキ様。繋ぎます」
「うん」
サキが頷くとアイは面会室にいるケイと両親を呼び出した。彼らの立体画像が宙空に浮いた。両親は5日振りのサキを見て絶句する。頭は坊主で身体は枯れ木のようなのだ。
ヒロシは何とか言葉を発した。
『サキ…お前は幸せもんだ』
「うん。そう思う」
『もっと幸せになるんだ。約束だぞ』
アカネが涙ぐんだ。
『辛いとこない…?』
「平気。お母さん。泣かないで。笑って」
母親はぎこちなく微笑んだ。
ケイが労わりの眼差しで見つめる。サキは笑って親指を立てた。2人は言葉を交わさなくても心は通じ合っていた。その後一同は無言になり点滴が落ちるのを眺めていた。
・・・
点滴が終わった。サキの体調に変化はない。問題なく済んだのだ。医師は顔を引き締めた。
「これからがまた新たな戦いです。ドナーの細胞がサキ様を攻撃するでしょう」
たとえHLA型が適合したとしても、同一ではないと判断して宿主を敵とみなすのだ。
「かつ細胞が生着しない可能性もあります。覚悟しておいて下さい」
生着とは移植した細胞が患者の骨髄の中で血液を作り始めることを言う。約2〜3週間を要するのだが生着ゼロという場合もあるのだ。ただ祈る。それしかない。
「更にこれから大量の免疫抑制剤を投与します。それにより免疫力がゼロになり感染症などの危険が増えます。心して下さい」
「はい」
・・・
翌日からサキはまた高熱を出した。非自己と判断してドナーの細胞がサキを攻撃しているのだ。全身に発疹が出た。痒みが強くてそれも辛い。吐き気も嘔吐も酷い。益々痩せていく。
科学の発展した世の中であってもドナーとレシピエントの関係を良好にする事は難しい。その課題がクリア出来れば苦しみも和らぐだろう。だが個々が違うからこそ命は存続したのだ。
もし同一の遺伝子を持つ者が全体を占めていれば同じ病で淘汰されてしまう。遥か古代に生き残りをかけて多種多様になったのだ。それに抗うのは実は神の采配に反するのかもしれない。