アンドロイド転生1136
2126年6月30日 午後7時過ぎ
日本 目黒総合病院
シオンとの通話を切った後、サキの母親のアカネは肩を震わせて泣き出した。父親のヒロシはその肩を抱いた。ノアは不安そうな顔をする。
「バァバ…どうしたの…?」
ケイはノアの目線になって優しく微笑んだ。
「ママは手術が出来ることになったんだよ」
「じゃあ…元気になるの…?」
「なるさ」
ケイが頷くとノアは大きな瞳を潤ませ、シクシクと泣き出した。病院では静かに泣くものだと学んだのである。ケイは娘を抱き締めた。
「ノア…偉いぞ。強い子だ」
・・・
同日 正午過ぎ
フランス シオンの住まい
ケイと通話を終えた。マネージャーアンドロイドのエルがシオンの隣で恨めしそうな顔をしている。明日からパリコレに1週間出演する事になっていた。しかし帰国すると宣言したのだ。
シオンは伯父のヒロシの言葉を思い出す。
『今後に響かないか?大丈夫か?』
「響くようなレベルの低いモデルじゃないんだ」
そう言い切ったものの実は非常にまずい状況だった。今回のショーでは多くのデザイナーを最後にランウェイに導く大役があった。蹴ってしまえば大きな傷を作る事になる。
だがシオンの決意は固かった。モデル生命が終わりになっても構わない。家族より大事なものはない。飛行機のチケットを予約しておいて良かったと思った。出発は明日の午前11時である。
シオンは日本の所属事務所に連絡をした。ボスは釘を刺す。
『今回のショーはシオンのターニングポイントだ。もう2度とチャンスはないぞ?』
「結構です。仕事よりも大事な事ってありますよね。僕はHLA型が適合して嬉しいんです」
ボスは最後は当然のような顔をした。
『うん…分かるさ。私も家族を優先するよ』
次に恋人のトウマにコールした。
「仕事中?ちょっといい?」
『もう終わったよ。大丈夫だ』
「明日…フランスを出る」
トウマは驚いた。
『え?だって明日からコレクションだろ?』
「ホームの家族が…大変な事になった」
シオンはサキの状況を語った。
トウマは険しい顔をした。癌がどんなステージでも寛解可能な時代だが薬剤師の彼は急性骨髄性白血病の恐ろしさをよく知っている。癌化のスピードが早い。急変する事もあるのだ。
だがパリコレの重大性も知っている。特に今回のショーはシオンにとって飛躍のチャンスなのだ。シオンのこれまでの努力や、やり甲斐を思うと残念な気持ちになった。
しかし家族と仕事…どちらを選ぶかと問われたら前者だろう。するとシオンは晴々と笑った。
「モデルはもう充分楽しんだよ。終わったって良いんだ。僕は何の迷いもない」
トウマはシオンの決意を知った。
『分かった。明後日の何時に着くんだ?』
「日本には昼頃の到着だって」
『よし。迎えに行く』
シオンは首を横に振った。
「来なくていい。今回はトウマさんと会う為に帰るんじゃない。だから迎えに来てもらって喜びたくない。別の日に会おう」
『分かった。でも到着したら連絡してくれ』
「うん」
『気を付けて帰って来い』
「うん」
通話を終えるとエルに向かって微笑んだ。
「よし。荷物をまとめよう。手伝ってくれるか?」
エルは渋々頷いた。
「はい。シオン様は…嬉しそうですね」
シオンはニッコリとする。本当に嬉しかったのだ。僕の人生は思う通りになる。モデルになれた。初恋のトウマと結ばれた。だからサキ姉ちゃんは助かるんだ。絶対に。
※シオンとトウマのエピソードの抜粋です