アンドロイド転生1111
2126年6月3日
都内某所 ユリウスのマンション
モネは映画の撮影の為に6/15日から富士山8合目へ行く。3ヶ月前に決定し、その間は近隣の山で訓練に励んだ。今日はユリウスに出発の報告にやって来た。彼らは交際して半年だ。
「行ってらっしゃい。僕のパンプキン」
モネは笑った。この間はストロベリーだった。その前は子猫ちゃんだった。
「有難う。マイヒーロー」
2人は近況報告をして時間を確認する。一緒にいられるのは残り30分だけだ。互いに多忙なのだ。モネはモデルと女優業。ユリウスは学業の他に親善大使としての役割もあった。
愛し合う2人の仲はまだ清純だった。キスさえもした事がなかった。ただでさえ注目を浴びている2人なのだ。たった今もモネがユリウスの部屋に訪れている事は誰もが承知だ。
そのような状況では互いに踏み出す事を躊躇っていた。しかし2人は近付きたいと思う。もっと親密になりたいと望むのだ。そんな気持ちの恋人達は俄かに黙り込んだ。
静寂が部屋を包む。緊張したユリウスが慌てて天井に顔を向けた。
「お、音楽でも聴こう。何か流してくれ」
AIはその場に相応しいメロディを選んだ。
ふんわりとした伸びやかなボイスが部屋中に広がった。アンニュイな雰囲気に包まれる。それがまた場を盛り上げた。モネは焦ってソファから立ち上がる。胸がドキドキと高鳴っていた。
「お、お茶を…お、お代わりを」
執事アンドロイドが恭しく頭を下げた。
「お紅茶をご用意致します」
静々とキッチンに向かっていった。
モネはまた座り、ふぅと溜息をつく。そしてお互いをチラチラと見て最後は見つめ合った。瞳が揺れる。そして自然に2人の顔が近付いた。瞼が閉じられやがて唇が重なった。
柔らかな触れ合いにモネは喜びを覚えた。キスをしながら考えた。映画にはキスシーンがあるらしい。その前に好きな人と出来て良かったと思う。唇が離れると愛していると囁いた。
モネはユリウスに抱き締められて鼓動を感じながら幸せな気持ちに浸った。そして良い香りがすると思った。彼女の本能で感じ取る。ユリウスやはりアジア人ではないのだと。
そう。何かがやはり違うのだ。匂いなのかもしれない。服を通しても分かる筋肉か、それとも骨格かもしれない。ユリウスが囁いた。
「モネはいい匂いがする。食べたいくらいだ」
言った後で彼はハッとした。これはあまりにも露骨な表現ではなかったか。俄かにユリウスはオロオロとなる。白い肌の顔と耳と首までもが赤くなった。モネも同様に頬を染めていた。
カチャリと小さな音がした。なのに思いのほか響いて2人は振り向いた。執事がトレイにお茶を持って立っていた。2人は思い出した。そうだ。ここは自分達だけではなかったのだ。
執事アンドロイドは主人達が何しようと気にも留めない。彼は静々とやって来るとテーブルに紅茶のセットを置いてカップに注いだ。まるで何事もなかったように職務を全うしている。
執事は背筋を伸ばすと微笑んだ。
「続きをなさいますか?ですがタイムリミットはあと10分程です。全ての事を済ますには少々時間が足りないと存じます」
ユリウスとモネは呆気に取られた。やがて互いに顔を見合わせると吹き出した。腹を抱えて笑う。2人にとって甘いひと時も彼にはまるで事務作業だ。モネはお茶を飲むと帰って行った。