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アンドロイド転生1123

2126年6月17日 午前8時半
富士山8合目 ロッジにて
(撮影3日目)

吹雪の中を撮影は順調に進む。ヒロインのミナミ(モネ)を相手役のトモヤが探しに来て何度も名前を叫んだ。だが彼女に声は届かない。ミナミは祠(ほこら)で震えている。

スマートフォンが圏外になる事に腹を立てる救助隊の面々。観客に時代だなぁ…と思わせたい監督の狙いだ。だがそんな余計なシーンでモネは寒い思いが長くなる。アオイは腹が立つ。

トモヤの仲間で救助隊役の1人が叫んだ。
『アンテナが傾いたんだ!直してくる!』
『分かった!頼む!』
仲間は走って行ってカメラから外れた。

アンテナを直すにも手こずるシーンは後で別撮りする。物語に緊迫感を与えたい監督の意向だ。トモヤはジリジリとした様子でスマホを見つめる。漸く電波が立つとホッとした顔になった。

ミナミにコールするカメラアングル。ミナミのスマホが鳴るカメラアングル。
「よし!モネ!出ろ!」
監督の声でモネはスマホを耳に当てた。

『は…はい…』
『ああ!良かった!今どこにいるんだ⁈』
『よ…よく…わ…分からない…』
寒さでモネの声が震えた。

監督が手を打った。
「よし!モネ!立つんだ!ヨロヨロと立ち上がれ!だが足を取られて滑落する!」
その場の全員が驚いた。脚本と違うのだ。

マネージャーのコジマが監督に向かって一歩前に出た。眉間に皺を寄せている。
「滑落するなどと言う契約はありません」
「ちょっと滑る程度だよ」

案内役で来ていたタケルも難しい顔になる。
「祠(ほこら)は神を祀る神聖な場所です。下手な事はしないで下さい」
「分かってる。後で手を合わせる」

アオイは監督を殴り倒したい気持ちでいっぱいだった。怒りが湧き上がり握った拳がブルブルとなった。モネはガタガタと震えており唇が青い。その様子に胸が痛んだ。

コジマはモネの側に行く。
「モネ様。契約外です。断りましょう」
「ううん。や…やる。だ…大丈夫」
コジマは不服そうだが引き下がった。

監督は相手役のトモヤを呼んでモネの元へ行く。
「よし。打ち合わせするぞ」
アオイは慌ててモネに駆け寄りブランケットで身体を包むと抱き締めた。

現代のブランケットの保温力は格別だ。モネの震えが収まってきた。アオイは心の内で叫ぶ。お願い…!悪化しないで…!監督は身振り手振りで熱が入る。モネは監督を見上げて何度も頷いた。

入念な打ち合わせで流れが決まった。監督は自分の位置に戻ると叫んだ。
「よし!シーン258プラス1!一発撮りの滑落だ!トモヤ!ミナミに電話しろ!」

トモヤがミナミのスマホにコールしたところからだ。ミナミが応答するとホッとする。
『ああ!良かった!今どこにいるんだ⁈』
『よ…よく…わ…分からない…』

監督が叫ぶ。
「よし!モネ!立て!歩くんだ!」
モネは歩き出す。予定では足がもつれて転び、ズルズルと斜面を滑っていくという流れだ。

だがモネは眉根を寄せて目を瞑った。熱による眩暈を起こしたのだ。立っていられなくなり両手を勢い良く地面に突いた。足元の盛り上がっていた土に大きな穴が空いてモネの姿が消えた。

全員があっ!と叫んだ。これは想定外だ。監督も驚いたもののそれは一瞬だった。直ぐに気持ちを立て直す。映画人魂が燃えた。
「カメラ!止めるな!」

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