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アンドロイド転生1153

2126年9月20日 夕方
つばさ幼稚園

縁があって保母に戻ったチアキ。つばさ幼稚園で7年半。精力的に働いていた。子供達の心身の成長を見守り、努力を応援し、情操教育をするのが仕事である。やり甲斐があって充実の毎日だ。

園長の息子のサクヤが事務所に入って来た。事務仕事をしていたチアキの側に佇む。チアキは顔を上げた。彼は眉間に皺を寄せている。
「マシロの具合が悪い」

チアキは覚悟していた。マシロは生後3ヶ月。成長期なのに標準よりひと回り小さかった。獣医師からは拡張型心筋症と診断されていた。今晩がヤマかもしれない。

9歳の時に初めて会ったサクヤは動物愛が強く、特にうさぎの飼育に情熱を燃やす子供だった。チアキは彼を先輩と呼ぶ事にした。そしてサクヤはチアキを先生と呼ぶのだ。

チアキは頷く。
「分かりました。先輩は明日から大事なテストです。今晩は追い込みですね。マシロは私が様子を見ます。任せて下さい」

サクヤは高校3年生。このテストの成績によって国立大学の推薦を受けられるか否か大事な局面なのだ。うさぎの命も大事だがサクヤの将来がかかっている。やむ得ないことだ。

サクヤは首を横に振る。
「試験なんてどうでもいい。俺も見る」
チアキも首を横に振った。
「いけません」

「いや。マシロの命よりも大事なものなんてない。俺はうさぎ係だ。最後まで面倒を見たいんだ」
確かにそうだ。彼はどんな時でも愛と優しさと責任感で世話をしていた。

ずっとチアキと二人三脚だった。2人はうさぎ達の誕生と別れを何度も繰り返した。サクヤにとってうさぎは家族なのだ。責任を果たしたいと言う彼の気持ちは理解が出来る。

「では…提案があります。マシロを酸素ルームに入れて先輩の部屋に運びます。それならマシロの様子が見れます。ね?安心でしょう?」
「分かった」

チアキは園長に伝え、事務仕事を仲間の職員に代わってもらうとサクヤの部屋にマシロを運んだ。酸素ルームの中のマシロは小さな身体を丸めて目を細めている。

少しでも水分と糖分を摂って欲しくてチアキはスポイトにミルクを入れてマシロの口元に持っていった。マシロは少しずつ飲み込んだ。サクヤがホッとした顔をする。

「私が見ていますから、夕飯を食べてきて下さい。サクヤ先輩も力をつけて欲しいです。夜は長いのですよ。これからです」
「分かった」

サクヤは部屋から出て行ったものの10分も経たないうちに戻って来た。水のボトルを持っていてチアキに差し出す。アンドロイドには皮膚の保湿のために水分が必要なのだ。

彼はそういう事によく気が付く。チアキは微笑んで受け取ると礼を言った。サクヤはマシロの真っ白な身体を優しく撫でると頷いた。
「じゃあ勉強するから」

チアキも頷く。サクヤはデスクに着きホログラムを立ち上げた。数字が浮かび上がり真剣な顔になる。チアキは酸素ルームの横に座ってマシロとサクヤを交互に見つめた。

サクヤは間もなく18歳。出会った頃は見下ろしていたのに今は見上げる程に大きく逞しくなった。彼は純粋に真っ直ぐ育ち、思春期にありがちな反抗や無関心など殆どなかった。



※チアキの新しい旅立ち(つばさ幼稚園)のシーンです


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