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アンドロイド転生1121

2126年6月17日 午前5時
富士山8合目 ロッジにて
(撮影3日目)

翌朝。雪がチラチラと舞っている。オーナーのケントは眉根を寄せた。降りは強くなる。山男の勘だった。だが監督は目を輝かせた。ドラマチックな展開になると言ってホクホク顔なのだ。

「ヒロインが遭難するシーンを撮りたいんです。どこか良い場所はないですか」
「…見晴らし台の奥に大きな祠(ほこら)があります。そこなら撮影がしやすいでしょう」

「雪はどうですか?激しいとより良いんだが」
ケントは苦笑する。猛吹雪が良いなんて。撮影の為なら…きっと天が裂けても地が割れても喜ぶのだろう。全く映画人というヤツは…。

「私は嬉しくありませんが…かなり強い降りになりそうです。充分に気をつけて下さい。山は案外恐ろしいんですよ。あ。そうそう。パワーフットとパワーウエストをお忘れなく」

ケントが釘を刺したパワー云々は、足首・ふくらはぎ・膝・腰に装着する補助器具で身体全体に掛かる負担を1/5に軽減する事が出来る代物だ。これにより登山がより身軽なスポーツになった。

分かっていると言って監督は嬉しそうに去って行く。それを助監督が追って囁いた。
「装着しませんよね?」
「当然だ。あの時代にそんな物はない」

舞台は2025年。確かにない。しかし服に隠れて補助器具が見える事はない。だが役者達の動きが少しでも俊敏になれば観る側は興醒めしてしまう。リアルを追求するからこそ面白い。

それが監督の拘りなのだ。今やCGでどんな環境だって再現可能なのに、あえて富士山8合目までやって来て撮影する。自然と向き合う。だからこそ真実味があるのだ。

勿論、役者達もそれを承知で出演を決めて撮影に挑んでいる。本当は案外楽な撮影なのだが、2025年当時の人間になって昔の不自由な状態で演ずる。それがプロと言うものだ。

例えば服もそうだ。2枚程度着れば充分に保温出来るが、撮影時は小道具係が用意した時代に則した服を着る。あの時代の物は保温謳っていても不充分で重ね着が必要だ。

着膨れで役者達の動きが鈍くなる。だがそれが良いのだ。そこがリアルなのだ。たとえ物語はフィクションであっても俺は大作を撮るつもりだ。ならばとことん本物を追求したい。 

監督は窓に顔を近付ける。先程よりも降りが強くなってきた。よし。もう少しだ。
「おい。役者達に遭難シーンだと言え」
助監督はハイと元気良く応えて走って行った。

・・・

モネのマネージャーのコジマがアオイの側にやって来た。難しい顔をしている。
「モネ様は少し熱があります。ですが…内密にするように言われてます」

アオイは驚き、溜息をついた。ああ。昨日の夜の電話か。恋人のユリウスと話しをしたくてロッジから抜け出したのだ。外はかなり冷えていた。やはり早々にやめさせるべきだった。

アオイはモネのベッドに行く。モネはベッドに腰掛けており、笑顔を見せて小声になった。
「聞いた…?大丈夫!微熱よ。微熱」
「測りますね」

アオイはモネの額に手を当てた。37.3℃。確かに高い熱ではない。モネは真剣な顔をする。
「カー。絶対に誰にも言わないで」
「悪化したらどうするんですか…」

すると助監督が2人の元にやって来た。
「今日は遭難シーンです!」
モネはニッコリとする。
「はい。分かりました」

助監督が去るとモネは顔を引き締めた。
「私はプロよ。へこたれない」
「でも…」
だがアオイは止められない事を知っている。

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