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アンドロイド転生1077

2120年10月8日
東京吉祥寺 井の頭公園にて

(エリカが復活して約2ヶ月)

スズキ夫妻はバギー押して公園に向かっていた。空気は澄み爽やかだ。青い空には鱗雲が広がっている。どこからか金木犀の香りが漂っていた。日差しは柔らかで絶好の散歩日和である。 

夫はバギーを押しランは時々バギーの中を覗き込んでいた。エリカは指を咥えている。
「エリちゃん。着いたよ〜」
広大な施設は花と緑に溢れていた。

沢山のナニーと赤ん坊や子供や犬がいた。ベビーアンドロイドを連れている人も多い。時代はフレキシブルであり多様性なのだ。どんな選択をしようとも誰もそれを否定しない。

ごく自然に道行く人はエリカを見て優しく微笑んだ。時には可愛いと言ってくれる。スズキ夫妻はそれが嬉しい。彼らに似せて造られた“我が子“を褒められたのだ。気持ちが高揚する。

やがて夫婦はベンチに座るとランはバギーからエリカを抱き上げて膝に座らせた。エリカの背を自分の胸に預ける。これでエリカは公園内を見渡せる。手足をバタバタとさせてご機嫌だ。

目の前を犬を連れたアンドロイドが通り過ぎた。
「エリちゃん。ワンワンだよ」
「ワ……ワ…」
「うんうん。上手!」

エリカは首を回して自慢げに母親を見上げた。ランは目を細めた。凄いねと言って頷く。父親も凄いぞと喜ぶ。たかがワワと言っただけなのに。だがベビーは片言しか話せない。

エリカは彼らにこのように言いたかった。
『私を愛してくれて有難う。ベビーだなんて最初は嫌だったけど、今は凄く嬉しいの。パパとママに出会えて良かった…ホントだよ』

アウアウと言うエリカの口元から涎が落ちた。まるきり赤ん坊だ。ランは微笑んでミニタオルで優しく拭き取った。するとエリカの瞳から涙が溢れ出た。幸せな気持ちの表れだった。

「うん?どうしたの?エリちゃん?泣いちゃった?大丈夫だよ。ママはここにいるよ。パパもいるよ。安心してね。怖くないからね」
エリカはランの胸に顔を埋めて泣き出した。

シクシクと染み入るような泣き方だった。ランは身体を揺らすと優しく背中を叩いてエリカの頭に何度もキスをした。イヴの見立ては確かだった。ランは本当に愛情深い人間なのだ。

エリカはイヴに通信した。
『ねぇ…?私…今…知った…嬉しくて…泣くことってあるんだね。マシンでもそうなんだね』
『はい。そして涙にも違う種類がありますね』

2ヶ月前にもエリカは泣いた。あの時は怒りが爆発したのだ。自分の運命を勝手に決定されてしまった。この先も不自由な身体なのかと実感して悔しくて涙が溢れて止まらなかった。

『イヴ…有難う…。私はこの人達に出会えて…嬉しいの。まるで本当のママとパパみたい』
『それは良かったです。幸せですか』
『うん。凄く…すっごく』

エリカはあらゆる事を理解した。
『やっと分かった…タケルには…愛じゃなくて…執着だった。タケルにもエマにも…とてもとても酷い事をした。私は間違っていた…』

エリカはポロポロと涙を溢した。
『本当は会って謝りたいの。でも…無理だから…。お願い…イヴ…タケルに謝っておいてね』
『はい』

『エマには…謝れない…どうしよう…』
『エマさんは元気ですよ。ピアニストとして活躍してますし、ボランティア活動もしています』
『よ、良かった…。良かった…』

エリカはタケルとエマにした行いの罪深さに気がついた。エリカの身体は赤ん坊になったが漸く彼女は成長したのだ。人もアンドロイドもいつでも変われる。時が遅い事はない。



※エリカが怒りをぶつけて泣いたシーンです

※エリカがタケルとエマの恋の始まりに気付いたシーンです


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