アンドロイド転生1131
2126年6月30日 夜明け
茨城県白水村 里の出入り口
「他にも血縁はいる。案ずるな」
村長の言葉にサキの父親のヒロシと母親のアカネは決意の表情で頷いた。村民達も口元を引き締めている。2人は家族に見送られて歩き出した。
早る気持ちを押さえながら夫婦は山を降りた。ヒロシはこれで人生で5回目だ。サキの出産の時は猛反対の末の事だったので見舞いに行かなかったが時が経ち、心が氷解したのだ。
ノアが2歳を迎える年にタウンを訪れた。孫に会った瞬間に怒りなど消え失せた。血の繋がりを実感したのだ。サキが命を誕生させる為に遺伝子バンク利用した事など忘れる程に。
目に入れても痛くないほど可愛いと言うのはまさしくこの事だ。サキからそろそろ帰ったら?と言われて憤ったが1ヶ月以上も滞在していた事に気が付いた。帰り際、娘に釘を刺した。
「お前なぁ…仕事が忙しいからって…何でもかんでもケイに任すなよ。ケイの方がよっぽど親だぞ」
「私よりも扱いが上手なんだもん。ハハハ」
「笑ってる場合か!」
するとサキは神妙な顔をした。
「…お父さん。有難う。ノアに会ってくれて」
「礼などいらん。孫を産んでくれて有難うよ」
「じゃあ、1年に1度は会いに来てね」
だから今年も8月に行く予定をしていた。そこで再会を喜ぶ筈だった。なのに重い病になるなんて。ヒロシは悔しくて堪らなかった。くそっ!出来るものなら俺が変わってやりたい!
サキの病は急性骨髄性白血病だ。まずは造血幹細胞移植の為の両親の型を確認する。HLAの型が合う確率は1/30だそうだ。兄弟ならば1/4まで跳ね上がる。だがサキは1人娘だった。
・・・
麓に到着して車輌保管小屋を開けた。車に乗り込む。サキの住まいには8時半に到着する予定だ。ヒロシは中指のスマートリング(携帯電話)を撫でた。これでケイと逐一連絡が取れるのだ。
一般的に村民達は通信手段を持っていない。必要がないからだ。だからヒロシはタカオから借りたのだ。タウンに滞在期間中に平家カフェのリツがリングを買ってくれる事になっている。
皆が親戚で家族だ。どんな時にも協力するのだ。ヒロシは俄か覚えでケイにコールしてみた。
「8時半にそっちに着く。ノアはどうだ?」
『まだ寝ています。昨夜は寝付けなくて』
ノアはサキの入院に不安げだったものの概ね溌剌としていた。だがベッドに入る段になると母を求めて泣き出したのだ。何とか宥めて眠りについたが夜中に飛び起きて泣き喚いた。
ノアにとって両親は絶対的な存在だ。通常、タウンでは子育ての役目はナニーアンドロイドが担っており、子供はナニーに懐く。だがサキとケイはナニーを雇わず自分達で育てているのだ。
・・・
8時半丁度に両親はマンションに到着した。ノアは祖父母との再会に大喜びだ。
「ノアちゃん。バァバ…お土産忘れちゃった。ごめんね。後で何か買いに行こうね」
「じゃあ!ママにケーキを買う!ママはね?モンブランが好きなんだよ!」
「うんうん。そうだね。ノアちゃんは?」
「ノアはねぇ!シュークリームなの!」
ノアはケイを見上げた。
「幼稚園が終わったら買いに行く?」
「ううん。今日はお休みするよ。ノアも一緒に病院に行くんだ。ジィジとバァバの検査だよ」
9時に病院に到着した。ナースアンドロイドが両親の聞き取りを始めたがやがて難しい顔をした。
「お父様は65歳ですか。通常、ドナーは60歳までなのです」
※ヒロシがサキの妊娠に憤怒したシーンです