アンドロイド転生1072
2120年9月30日
世田谷区 カナタの部屋にて
高校3年生のカナタは進路を決める時期になった。教師と養母との三者面談の結果、ハーバード大学を受験する事に決めた。養母が部屋から出ていくとカナタはホームにいるサツキにコールする。
サツキに通話を繋いでもらうのだ。携帯電話を持っていない実の両親はアンドロイドが媒介しなければならない。間もなく2人の立体画像が宙に浮いた。父親は元気かと息子に問う。
「元気。あのさ…俺さ?高3だろ?進学か就職かってとこなんだけど…大学に行きたいんだ」
『うん。そうか。進学するのか。しかしタウンでは何をそんなに勉強するんだろうなぁ…』
カナタは笑ってアメリカのハーバード大学にしたいと言った。だが父親は顔色ひとつ変えなかった。彼はその大学が世界最高位である事を知らないのだ。かつ息子が優秀であることも知らない。
『なんでわざわざアメリカに行くんだ?』
「俺…リョウ兄ちゃんの結婚式に行ったろ?イギリスはめちゃくちゃ楽しかったし…もっと世界が知りたいなって思ってさ」
すると父親はハッとした顔をする。
『おい。アメリカは日本語じゃないんだぞ。英語…?だっけか?喋れるのか?』
「うん。授業で習ったから」
授業で習ったとしてもマスター出来る水準に達するのは困難だ。だがカナタはボランティア活動の仲間や外国の友人達との交流でサラリと覚えた。今ではネイティブ並みである。
すると母親は心配そうな顔をする。
『ハーバード…ってどんな大学なの?』
「課外活動をしてるとイイらしいぞ」
『カガイ活動って?』
「ボランティアとか。俺さ?動物の保護活動してるだろ。そういうのが好きみたいなんだ」
『あら。良い大学じゃない』
「だろ?だから決めたんだ」
カナタは両親に自分の優秀さをあえて伝えてこなかった。閉鎖的な村で生まれて暮らした彼らにとって“優秀であることの利点“がきっと想像出来ないだろうと日頃から思っていたのだ。
世界でも名だたる存在のハーバード大学に息子が合格しても素晴らしい人間だとは考えないだろう。それよりも思慮深くて慎重であること。そちらの方が彼らにとって遥かに重要なのだ。
カナタは父親を伺い見た。
「それでさぁ…アメリカで暮らすとなるとさぁ…ペイが掛かるんだよな。大丈夫かな…」
『何を言ってんだ。心配するな』
ホームの資産は潤沢だ。10年以上の泥棒家業のお陰である。だがカナタは知らない。未成年者には秘密なのだ。父親は胸を叩いた。
『任せろ。お前はしっかり勉強すればいい』
母親はまた心配そうな顔をする。
『ところで勉強はどうなの?楽しい?』
「ボチボチかな」
『先生に迷惑をかけちゃダメよ』
父親は思いついた顔をする。
『そうだぞ!お前は思慮深さが足りん。サイトウさん達(養父母)にも迷惑掛けてないだろうな?』
「うん…大丈夫だと思う…」
彼は息子の天真爛漫な様子が注意力に欠けると思っていた。慎重になって欲しいのだ。しかしその明るさがカナタの持ち味で人から好かれているのだが親の見方と世間の評価は違うのだ。
カナタも両親の世界の狭さを知り始めた。所詮、彼らは井の中の蛙なのだ。だが親を否定したくない。
「うん。分かった。もう少し大人しくなるよ」
『そうだ。良いぞ』
母親は微笑み、父親はうんうんと嬉しそうだ。
『カナタ。お前を認める奴はきっといるからな。何たって俺の息子だ。大丈夫だ。安心しろ』
カナタは笑って頷くと通話を終えた。
※カナタと両親がホストファミリー宅に訪れた初日のシーンです