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アンドロイド転生1198

2127年6月
渋谷区下北沢 北斗星座にて

スガ監督から褒められる事が多くなったモネ。今日はスガと稽古に臨む。彼は監督だが役者でもある。ヘレンの父親役だ。苦悩が滲み出ている。だが彼の過ちは娘を甘やかし過ぎていることだ。

サリバン(モネ)は父親に詰め寄った。
『あなたはヘレンを愛しているんですか⁈』
『何を言ってる?当然だ』
『違います。あなたは逃げている!』

父親はギロリとサリバンを睨んだ。
『何だと?』
『甘やかしているだけで学ばせない!面倒だからです!それは愛という名の逃避です!』

『うるさい!お前はクビだ!』
彼は陸軍大尉で、しかも裕福な地主という自負がある。彼女の物言いが許せないのだ。サリバンはさっさと荷物をまとめて出て行く。

彼女を慌てて追うのは彼の妻や執事や庭師やメイド達。ヘレンを「野獣から人間」にするのはサリバンしかいないと分かっているのだ。彼らに哀願されて家に戻るサリバン。

父親もまた彼らに説得されるのだ。渋々と受け入れるもののサリバンと目を合わさずに「よろしく」と不満げに呟く。サリバンは胸を張る。そんなシーンを演じるのがモネは楽しかった。

・・・

「タカミザワさん。サリバン自身も視力がかなり弱いんですよね。だからヘレンの生活が困難だってよく分かるんです。それが相手を理解するって言うことですよ。もう少しですね」

モネは帰宅すると、またアオイに協力を仰いだ。いつものように稽古が始まる。だがモネはアイマスクをして練習をするようになった。闇世の世界は恐ろしいし、何度も転んだ。

娘の没頭ぶりにサクラコは呆れるがモネは真剣だ。
「ママ。それが女優ってことなの。それに…私…分かったの。世の中は健康な人だけが当然じゃない。大変な思いをしてる人がいるってことに」

・・・

その後もスガ監督は役者達を熱心に指導した。怒ったり、笑ったり、褒めたり、涙をこぼした。彼は一見、静かな印象だが、違う。熱い心を持っている。モネは気付いていた。

稽古ではいよいよ水を教えようとする段階に入った。水を触らせてヘレンの掌にWaterと指文字で示す。だがヘレンは全力で拒否する。言葉や文字の概念がまるで理解できないのだ。

・・・・

7月 上演日

アオイはサクラコと共に観客席にいた。胸がドキドキとする。舞台の幕が上がった。幼児期の愛らしくて利発なヘレンに両親は満足げだ。温かな雰囲気はまるで平和そのものだ。

だが三重苦になるとヘレンは野獣に変わった。人間らしさなどカケラもない。そして我儘、癇癪、怒り、不満を大いに表す。両親はそんな娘を教育せず腫れ物のように扱った。

そこにサリバン(モネ)が登場した。無表情の顔つきに髪を引っ詰めて丸眼鏡。視力が悪く歩き方もおぼつかない。古くて大きな鞄を持ち、野暮ったいワンピースを纏っている。

サリバンの提案で2人暮らしが始まった。ヘレンは一変した生活に全力で拒否する。サリバンに噛みつき、殴り、蹴り、叫び、大暴れだ。その痛みにサリバンは顔を顰める。

だが怒鳴らない。冷静だ。サリバンはヘレンを膝に乗せると大きく深呼吸をして何度も尻を叩いた。ヘレンは泣き喚いた。その叫びが観客席の奥まで届く。

ホールは波を打ったように静まり返った。誰の胸も痛くなった。たった7歳なのだ。いくら野獣でも哀れに思えてくる。ヘレンにどんな罪があるのだと。

そしてクライマックスの水を理解するシーン。ヘレンは天に向かって咆哮を上げた。サリバンは子供を抱き締めて号泣した。観客も泣いた。アオイもサクラコも涙が止まらなかった。


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