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アンドロイド転生1146
2126年7月14日
銀座にて
「お世話になりました」
シオンは男性に向かって丁寧に頭を下げた。相手はシオンの所属していたモデル事務所の代表者だ。たった今、退職手続きを終えたのだ。
ボスは残念そうな顔をする。
「う〜ん。実に惜しい…。銀の髪。紫の瞳。黄金律の顔と身体。それに表現力。本当に映えた。天賦の才能だ。成功するのは当然だ」
「いいえ。自分だけの力じゃありません。ボスの熱意と根回しがあったからです。だからパリに行けました。スーパーモデルになりたいと言う夢を叶えてくれたのはボスです」
「そう言ってくれて嬉しいよ。今後は経営者として頑張ってくれ。応援するぞ。そうなると…やっぱりサポート陣が必要だ」
「エルのこと…有難う御座います」
エルは事務所が用意したマネージャーだ。モデルが終われば返却すべきツールなのだ。だがエルを秘書として雇いたいと願うと契約者の移行手続きを行ってくれたのだ。
そろそろ潮時だと悟って2人は立ち上がった。シオンの歩く姿を見てボスは肩を叩いた。
「まだ腰が痛いんだな。家族を救う為とは言えリスクもあるのに頑張ったな。立派だ」
※腰から骨髄穿刺を行います。240回程注射されました。
当然の事をしたのだがその言葉が嬉しかった。ボスに見送られて事務所を出た。熱気が包む。青い空を見上げた。心が晴々とする。自然に顔が綻んだ。全て満足だ。何の悔いもない。
それに帰国して実感したのだ。やはりトウマの側にいたいと。彼を愛する気持ちは変わる事はなくても日仏は遠かった。僕に遠距離恋愛は向かないな…そう呟いて歩き出した。
・・・
南麻布にて
家の前に到着すると向かいの屋敷を見上げた。トウマの実家だ。そう。実家。彼は3年前に独立して渋谷で暮らしている。出来れば今直ぐにでも彼の部屋に転がり込んでしまいたい。
だが今はサキの事を優先すべきだと心して過ごしていた。従姉が回復するまでは自分の“楽しみ“はお預けだ。いや…楽しみよりも何よりも難関があった。親達に告白だ。
シオンは家に入ると義姉の部屋をノックする。応答があり扉がスライドした。4歳年上のマイカがいる。シラトリ家の1人娘だ。血筋から言えば彼女が家を継ぐべきだ。
「モデル…辞めてきた」
「そっか。お疲れ様」
「うん。で…色んな事が落ち着いたら父さん達に僕らのことを報告しようと思ってる」
彼女は全て承知なのだ。シオンとトウマが付き合い始めた当初から恋人同士だと直ぐに気が付いて応援してくれた。その反面懸念したのだ。両親は否定するかもしれないと。
「マイカは?彼氏とうまくいってんだろ?」
「うん。そのうち彼からプロポーズされると思う。結婚するね。子供が欲しいし。後は宜しくね」
「うん。家の事は任せてくれ」
シラトリ家は大規模病院の経営者で名士と言っても良い程の家柄だ。血縁のない自分に託してくれるのは嬉しい。だから更なる発展のために経営について学ぶつもりだ。
「春になったら大学に行く。その前にゴルフを覚えて父さんと一緒に回るよ」
ゴルフはただのスポーツではない。社交の場なのだ。経営者として必要なスキルと言えよう。
マイカの顔がぱっと華やぐ。
「うん。それがイイよ。パパはずっと一緒にやりたいって言ってたの。喜ぶよ。まずは相手の懐に入ること。それが得策よ。上手くやってね」
※マイカがシオンの恋路を応援したシーンです