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アンドロイド転生1127

2126年6月21日 正午
富士山8合目 ロッジにて
(撮影7日目)

1週間の日程が終わった。クランクアップは3ヶ月後。残りの期間は街で撮影をする。富士山から東京へとエピソードが移るのだ。ヒロインは街に戻り相手役が追うと言う設定だ。

監督が満足そうに微笑んだ。
「皆んな。お疲れさん!俺はどうしても現場で撮りたい。CGなんてクソ喰らえだ。でもそんな我儘なポリシーに付き合ってくれて有難う」

監督はモネに顔を向けて頭を下げた。
「怖い思いをさせてすまなかった」 
「とんでもないです…!」
モネは慌てて手を振った。

すると監督は窓の外を見つめた。
「自然は本当に凄い。思い通りにならない事も多々ある。でも当然だ。人間中心に動くわけじゃない。自然ありきなんだ」

一同が頷くと彼は微笑んだ。
「良い物を撮る。それを提供する。映画人の夢であり使命だ。これからも皆んな宜しく頼む」
監督が頭を下げると拍手に包まれた。

モネの相手役が笑った。
「よーし。今度は街の撮影だから酸素濃度が高いぞ。皆んなの仕事の濃度も上がるな!」
「えー。これ以上デキル奴になっちゃうの?」

一同は笑った。監督も笑って最後にオーナーのオダギリケントに向き合って手を差し出した。
「お世話になりました。そして有難う御座いました。薄い酸素の中でも頑張って下さい」

ケントも笑って手を出すと握り返した。
「濃い酸素の中で…濃い作品を作って下さい。楽しみにしています」
またもや拍手が起こり最後は喝采になった。

間もなくアンドロイドのスタッフ達が機材や荷物を抱えて山を下り始めると人間達も意気揚々と歩き出した。ロッジの一同は手を振って見送る。撮影隊も応じる。皆んな笑顔だ。

アオイとモネはタケルの前にやって来た。モネは彼に向かって丁寧に頭を下げた。
「色々と有難う御座いました。引き続き頑張ります」
「うん。応援してるぞ」

するとモネはアオイを見た。
「カー。じゃあ先に行くね」
手を振って歩き出す。家族ならば最後に話す事もあろうかと気を利かしたのだ。

モネが去るとタケルは思いついた顔をした。
「俺がなんでホームを出たか。いつか話せたら…って言ったけど…今…言う」
「う…うん…」

「好きな女が出来た。でも別れた。誰かを好きになるって良い事だけど、反対に誰かを傷つける事もあるんだなって知ったんだ。だから1人になりたかった。でも1人は良くないな」

アオイは驚く。タケルに好きな人がいたなんて。でも…別れたのか…。そうか…。誰かを傷つける…。もしかしたら…彼女とエリカとタケルの間で何かがあったのかもしれない。

※アオイは既に東京に居たためタケルの恋も別れも苦しみも全て知りません

「…そうだね…寂しいもんね」
「俺達は遠い未来に来たけど…今は知ってる奴が沢山出来たな。1人じゃないって事だな」
「うん…本当に…」

「まぁ…頑張れよ」
「また会いたいね」
心からの気持ちだった。タケルに対する苦手意識を少し克服出来たように思っていた。

タケルは晴々とした顔をする。
「おう!いつかまた登って来いよ。そして今度こそ登頂しろ。頂上まで案内してやる。あ…。そうだ。お前の良いところが分かったぞ」

「え!なに?」
「何事も一生懸命なところだ」
アオイは目を丸くした。だが微笑んだ。 
「有難う…凄く嬉しい…」

やがてアオイは歩き出した。タケルを何度も振り返り手を振った。そのうちモネを追いかけた。タケルはいつまでも見送った。アオイ達が点になるまで。姿が見えなくなるまで。



※タケルが村を去ったシーンです


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