アンドロイド転生1060
2120年8月27日
回想 約2年前のこと
キリは医師アンドロイドとオンラインで繋がる。心のカウンセリングを受ける為に。
「なんか…元気なフリをしちゃうんだよね…」
『それは自分を追い詰める事になります』
「分かってるけど…」
『心を縛ってはいけません。思い描いてみて下さい。蝶が蜘蛛の糸に捕まります。暴れれば余計にがんじがらめです。結果的に逃げられません』
「うん…」
『誰かが助ければ蝶はまた飛べます。つまりあなたにも誰かの助けが必要なのです。私がお手伝いをします。何でも仰って下さい』
医師の優しい言葉にキリの瞳から突然涙が溢れ出た。エリカを葬ってから数ヶ月。初めての事だった。一度泣き出すと止まらなくなった。嗚咽となり体が震えて肩が何度も上下した。
「わ…私…正しかったと思うんだけど…ホントは辛くて…エリカの姿がいつも…どこかにあって…最初は笑っていたのに…最近は泣いているから…それが…可哀想で…ごめんねって…いつも…いつも…」
『それは辛いですね。でもあなたも可哀想です。大丈夫ですよ。まずは深呼吸をしてみましょう』
医師は密かに528Hzのソルフェジオ周波を流す。人の気持ちが安らげるように導くのだ。
キリはゆっくりと呼吸をする。心が落ち着いてきた。だが鬱病は直ぐに回復する病ではない。良くなったり悪くなったりを繰り返しながら少しずつ立ち直っていく。時間が必要なのだ。
キリの発症の原因は頭では自分の行いは正しかったと信じ、心では間違っていたのではと疑問に思ってしまった事だ。頭と心が相反するから辛いのである。そんな苦しみが幻影を産み更に自分を追い詰めた。
「エリカが…泣いているの…」
『ではあなたがその涙を拭いてあげましょう』
「エリカが…怒っているの…」
『では楽しい話をしてみましょう』
医師は辛抱強くキリに付き合う。アンドロイドだから当然だ。だがたとえプログラムだとしても精神科医には労りと真心があった。それを人が望んだからだ。難解な心に寄り添うことを。
・・・
現在 銀座に向かう電車内にて
(マユミの視点)
2年前。キリは鬱病を発症した。人は時として思い悩み、なかなか浮上出来ない事もあるものだ。そんな辛い気持ちを私に相談してくれた事が嬉しかったし、何とか力になりたいと思った。
処方は医師のカウンセリングと服薬。そして私はキリと時々通話した。キリは泣いたり、自分を責めたりしていた。私には何のアドバイスも出来ない。ただ彼女の訴えや思いを聞いていただけ。
今日も我が家に泊まるので買い物に誘った。リニアの車内から窓の外を眺めるキリの瞳には力と煌めきがあるし、口元に笑みが浮かんでいた。街並みが綺麗だと喜んでいる。私も嬉しくなった。
「リペア室に篭ってばかりいないで、こうやって街にも来ないと。新しい風ってことね。ところで…落ち着いている?もう薬はいらない?」
「うん…もう…いらないかな…どうかな…」
「ドクターは何だって?」
「エリカの死は…どうにも変えられない事実だから…しっかりと受け止めて…忘れないこと。そして自分が正しいとか間違っているとかジャッジしないこと…」
私は何度も頷いた。
「そうね。うん。そうよ。ドクターは良いこと言うわね。どう?それが出来るようになった…?」
キリは俯く。私はただ待つ。
すると漸く顔を向けてくれた。
「うん。もう…終わったことだもん」
その笑顔にホッとする。
「そうよ。そして人は前を見て歩くのよ」