アンドロイド転生1032
2120年5月30日 夜
平家カフェにて
「確かにアリスはアンドロイドだ」
アリスはリツの言葉が痛い。リツとの差を歴然と感じてショックだった。変えようもない事実なのだが猛然と怒りが沸き起こった。
「馬鹿にしてるのね!そうよ!機械の塊よ!」
そして悔しさと悲しみが去来する。ここにいたくない!リツの顔を見たくない!家を飛び出した。その後を母親のマユミが追った。
アリスは公園にやって来るとベンチに座り項垂れた。間もなくマユミが来て隣に座った。
「リツは馬鹿になんてしていないわよ」
アリスの瞳から涙が溢れ落ちた。
「お母さん…辛い…。私は…なんでアンドロイドなの?本当はね…人間になりたいの…」
「そしたら…リツは付き合わないわよ。アンドロイドのアリスを好きになったんだから」
アリスは唇を噛み締めた。
「でも…卵子がない。血を残せない…」
「人間だって病気とかで卵子がない人もいるわよ。マシンだとか関係ないの」
アリスはマユミを見つめた。
「…お母さんは…孫が欲しいでしょ?」
「うん…そうね…たまに思うわね」
「やっぱり…」
マユミはアリスの背に腕を回した。
「でもね?私はあなた達の幸せを1番に望んでいるの。息子がアリスの事が好きで…あなたも同じ気持ちでいるならそれでいいのよ」
「今はそうでも…リツは変わってしまうかもしれない。歳を取ったら外見も心も変化する。私と付き合った事を後悔するかもしれない。何も成さなかった事も…。いつか…ずっと先に…」
アリスは眉間に皺を寄せた。
「それに…アンドロイドだなんて前はあんな言い方をしなかった。リツは変わった…」
「それは仕方ないわよ」
アリスはその物言いに驚く。マユミは笑う。
「あなただって変わったじゃない?子供が欲しくなったのは最近でしょ?」
アリスはハッとなる。そうだ。その通りだ。
「皆んな変わっていくものなの。誰もがそれを覚悟して付き合っていくの。そして相手を認めて理解する。そうやって世の中は回っていくのよ」
「覚悟…理解…」
マユミは人差し指を立てた。
「そう。だからひとつイイ事を教えてあげる。リツは今は子供なんていらないって言っても、いつか欲しいって変わるかもしれないって事よ」
アリスはまた驚く。マユミは頷いた。
「だから…待つのよ。焦ってはダメ」
「待つ…」
「そうよ。命の責任だもの」
アリスはハッとなる。命の責任。その言葉はリツもアオイも使った。理解したつもりでいたがやはり浅はかだったのかもしれない。
「お母さん…私の…何が悪かったの?」
マユミは笑った。
「サトシさん(村長)を頼っちゃダメよ。親になるならお金は自分で用意しなくちゃ。とても大金が必要ね。でもそれが覚悟するって事なのよ」
「ああ…そう…ですね…分かりました…」
「アリス。あなたはとっても良い子だし私は大好きよ。娘のように思っているの。だから力になりたい。そしていろんな事を教えたい」
アリスの瞳から新たな涙が溢れた。
「お、お母さん…」
「そんな涙ひとつだってプログラムだなんて思っていない。心があるって信じてる」
マユミはアリスの頭を撫でた。
「慌てず時を待ちなさい。そして2度と自分を卑下しないこと。約束ね?」
「はい…。はい」
マユミは空を見上げた。
「ほら。満月。綺麗ねぇ…」
アリスも見上げて頷いた。2人で月を眺める姿は本当の親娘のように見えた。