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アンドロイド転生1137

2126年6月30日 午後7時過ぎ
目黒総合病院

サキとシオンのHLAの型が適合した。親戚一同は歓喜して帰って行った。家族はクリーン病棟に訪れる。母親は泣き、父親は笑った。
「シオンが来てくれるんだ。お前は幸せもんだ」

そして娘のノア。ケーキを手に持っている。
「モンブラン…。食べてね」
『わあ…嬉しいな。有難う』
ノアは立体画像の母親と掌を合わせた。

最後にケイ。
「ノアの事は任せてくれ。心配するな」
『あなたの方が扱いが上手だもん。ハハハ』
「それは有難う」

ケイは愛おしさに胸が詰まる。自分は何故こんな気持ちが生まれたのだろう。機械と人工物の身体。頭蓋には半導体チップのメモリ。そのどこに“愛“を感じるのか。

だが考えても仕方がない。そうさ。人間だって心は何処にあるのか分かっていないんだ。だけど僕らは人間とアンドロイドの垣根を越えて愛し合った。家族になった。

ケイの瞳から涙が溢れ落ちた。アンドロイドにも泣く機能が備えられている。
「サキ。君は僕達の光だ。また照らしてくれ」
『頑張る。負けない。母も妻も強しだもん』

ケイは顔を近付けた。立体画像の妻にキスをする。彼らは知り合って20年になるがその想いは変わる事がなかった。そう。一生の恋なのだ。そして一生の愛なのだ。

・・・

サキの個室にて

面会を終えるとサキはベッドに横になる。少し話しただけで疲れてしまった。昨日迄は動けていたのにすっかり重病人だと苦笑いをしたくなる。病はパワーを失くすのだなとつくづく思う。

扉が開いた。女性アンドロイドのアイ(愛)が入って来たのだ。心理セラピストで昨日からサキの心の支えになっている。アイはトレイを持っていた。その上にはモンブランだ。

テーブルに置かれるとサキは微笑んだ。
「タウンに来て…これを見て…栗がこんな素敵なお菓子になるなんてって…ビックリしたの」
「ええ。この発想には驚きですね」

サキは感心したように頭を振る。
「今回も…細胞を移植して…病気を治すなんて…そんな発想をするタウンって…やっぱり凄い」
「先人の研究の賜物ですね」

「あのね…私…病気って…した事がなかったの。だから具合が悪い人の気持ち…分かってなかった…」
「仕方がありません。誰でも自分の身に起きないと理解出来ないものです」

「夫に…頑張るって言ったのに…ビビってる」
「恐れや不安を持つのは当然です」
ケイに母も妻も強しだと笑って言い切ったものの本当は不安と恐怖でいっぱいなのだ。

「私…私ね?欲しいものが沢山あって…国民になって叶えられて…嬉しくて嬉しくて…」
サキは俯くと肩を震わせて泣き出した。
「もっと欲しいの…娘の成長を見たいの…」

サキは嗚咽を漏らした。アイは優しく背を撫で続けた。セラピストは傾聴力、共感力のスキルが必要だがアイには充分備わっている。患者の心の痛みや苦しみ。悲しみや憤り。そして喜び。

人に寄り添うこと。それが自分の存在意義だ。人間がアンドロイドを造った目的のひとつ。それは“癒し“だ。救いや安らぎを追い求めた結果マシンが闊歩する世の中になったのだ。

サキの涙が収まって来た頃、アイは微笑んでフォークを差し出した。
「さぁ…召し上がって下さい」
サキは美味しいと言って喜んだ。

食事を終えると満足気な顔で横になり、ケイとの馴れ初めを語り始めた。アイはうんうんと頷く。サキは目を瞑りながらポツポツと語った。やがて言葉が途切れ眠りについた。


※ノアの赤ん坊の頃のエピソードです


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