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アンドロイド転生1173

2126年12月20日
クリーン病棟 サキの個室にて

医師の隣にホログラムが浮かび上がり数字が並んでいた。サキの血液検査の結果だ。
「数値がどれも大幅に基準値を逸脱しています。ステロイド等の投与も効果がありません」

サキは起き上がれずに横になったまま頷いた。昨日からかなり不調だ。腹がみるみる膨れてきた。腹水が溜まるようになったのだ。痛みが強くてよく眠れない。鎮痛剤も足りてない。

「サキ様の肝炎は急性型に分類されます。生存期間は最大で10日です。クリーン病棟にいた期間を含めますとあと5日程度でしょう。明日から緩和病棟に移ります」

サキは鼻で笑った。おやおや。またシンプルに告げるのか。そうか…私はあと数日か。医師は出て行った。サキは呟く。
「ああ…やっと…家族に…会える…」

セラピストのアイの慈愛の眼差し。
「サキ様。緩和病棟ではご家族も滞在出来ます。ずっと一緒にいられます」
「そっか…嬉しいなぁ…」

・・・

あれ?ここはどこ?リビング?女の人がソファに座ってる。近付くと楽しげに編み物をしている。この顔。お母さん…!若い。凄く若い。私を見た。ニッコリとする。

母はお腹に触れた。大きなお腹。
『もうすぐね。楽しみ。名前が決まった?サキ?漢字は…希望の花が咲く?咲希ね。凄く素敵。うん。良い名前。ね?サキちゃん』

どっと涙が溢れた。バカだった。サキだから先に逝くねなんて言わなきゃ良かった。すると母は徐に立ち上がって歩き出す。え!どこに行くの?行かないで。ねぇ!お母さん!

「お母さん!待って!」
自分の声に驚いた。周囲を見回す。病院の自分の個室だ。部屋は明るく窓から陽が差している。

アイと目が合う。
「お目覚めですか」
どうやら眠っていたらしい。恥ずかしい。お母さんだなんて叫んだりして…自分がお母さんなのにね。

誤魔化すように笑うとアイも微笑んだ。
「何かして欲しいことはありますか」
サキは天井を見つめて考えた。私の望みってなんだろうと。食欲はないから…食べたくない。

両親に会いたかったけど叶わない。夫と娘は明日から一緒だ。仕事は…制作途中で止まってしまって…お客さんに申し訳ない事をした。プロとして失格だ。本当にすみません。

さて…他にしたいこと…そうだなぁ…買い物に行きたかったな。そうだよ。もうすぐクリスマスだし…2人にプレゼントを買ってあげたかった。ネットじゃなくて実際に見て選びたかったな。

私にもプレゼント…。服も欲しい。靴も欲しい。メイク道具も。ああ…皆んなでモールに行ったら楽しかっただろうなぁ。3人で手を繋いで。ノアはきっとジャンプする。

こうやって考えると…私の望みってそんなに大きくないね。小さな幸せで満足だった。その積み重ねが…ホントに幸せだった。ああ…毎日が宝物だったなぁ。うん。全て手に入れたわ。

サキは先程の夢を思い出した。母は笑って言ったのだ。「希望の花が咲く。咲希」と。そんな素敵な名前をつけてくれた事に感謝した。
「もう…希望が…叶ったよ。咲いたよ…」

アイはニッコリとする。
「そうですか。それは良かったです」
「うん。だから欲しいものはないの。いや…違うな…。時間がもっと欲しかったな」

サキは笑った。
「でも…それはダメだから…もういいの。あと数日でも家族と過ごせる。それで満足」
アイははいと言って優しく微笑んだ。

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